31 December 2009

今年最後のブログになりました!

31日(木)晴れ 東京は晴れ、日本海側は今日から明日にかけて低気圧が発達しながら通過し冬型が強まるため大荒れの予報。寒気も下りてきているので、山はかなり厳しそうだ。

以前、冬の剣に毎年のように通う大先輩に、剣で行くか退くか判断する基準を教えてもらったことがある。冬の剣に入ったら、全天候で行動しなくてはならないし、どうやって判断するんだろう、と思ったのだった。大先輩曰く、冬型の気圧配置に、マイナス30度の寒気が加わったら退路を探すのだそうだ。今回の、気圧配置は、それに近い。

冬の剣は、早月尾根の経験しかないが、それでも、あの雪の量で悪天につかまったら下山も簡単でないことは予測できる。日本の山は、世界的にみても豪雪の部類に入り、かつ、敢えて厳しい天候の中を行動するのだから、半端じゃなく厳しいという気がする。UKも悪天が多いというが、そんなに豪雪ではないし。


12月の雑記が滞っていたので、山とヨガ関係の出来事をここで列記。
04日(金)Medic First Aid スポーツ医学サプルメントコース受講
05日(土)MJリンク下見 箱根浅間山へ柏澄子さんと安岡珠希さんと
12日(土)Shokoさんのヨガサークルで 今年最後のヨガインスト見習
15日(火)カラファテのテレマーク講習会 生まれて初めてのヒールフリー
17日(木)日山協主催谷口ケイさん講演会 すばらしい内容と人柄!
20日(日)白樺湖Royal Hillスキー場 アルペンスキー講習会(1:1)
26日(土)チベット・ハート・ヨガ講習(1日目) 感情と体の呼応とヨガの関係
27日(日)チベット・ハート・ヨガ講習(2日目) 年末最後のヨガですっきり
あとは、忘年会やらクリスマス会やら人と会ったり話したりすることが多い月でした。

29日(火)仕事納め
30日(水)妹の応援つきで大掃除 キッチンとお風呂とトイレがピカピカに!
31日(木)ひきつづき大掃除となんとこれから年賀状! 

年末はひとり静かに1年を振り返り…と思っていたけれど、終わっていないことがいっぱいあるのでそんな余裕なし。年越しは実家へ、年が明けたらひとりで静かに思索にふける予定にしました。

それでは、また来年も良い年でありますように。

1 December 2009

12月1日~3日の覚書

1日(火)晴れ いよいよ12月に突入。週末のMJリンク下見準備のため、本屋を物色。ついでに検定試験関係の本を2冊買ってしまった。紀伊国屋がポイントカード制度をはじめていたので早速入会。入会金無料。本屋のポイントカードは画期的なのでは。本への出費が多いので、ポイントがたまるとなれば、なるべく紀伊国屋で購入しようと考えるかも。いや、それぞれの本屋の個性も楽しみの一つだから、買いたい本が決まっていないときは迷うかな。

2日(水)曇り タオ指圧。長谷川先生にお会いすると、とてもホッとしてしまう。体調の変化はなかなか図りようのない部分もあり定量的に分析できていないのだが、自己認識の上での自分自身の変化はなかなか面白く、ゆるやかながら自分が開かれていくのを実感する。

3日(木)雨 新宿のアンダーザライトでヨガ。Naotoさんの中級クラス。声がスイートな男性インストラクター。元々ダンスからヨガへ移行されたとのことで、動きが優雅。呼吸と体への集中を促す流れもスムーズなのはどうしてかな、とインストラクションを聞いていると、誘導する言葉が細やか。動きが大きく、けっこう運動量あり充実。ヨガの面白いところは、たとえば仮に同じ太陽礼拝をやったとしても、それぞれの人柄や個性が出て味わいがあるということ。いろいろなインストラクターの個性を知るのも楽しく、とても勉強になる。


21 November 2009

地平線会議

21日(土)晴れ ぽかぽかと暖かい一日。神楽坂で大久保由美子ちゃんと待ち合わせ。以前は毎週のように一緒に山へ通っていたが、ここ数年ゆみは子育てに専念していて久しぶりの再会。何事も並みはずれた集中力でやり尽くす性質は、子育てにも表れていると思う。

私が高所登山を心から楽しいと思ったのは、ゆみが誘ってくれたムスターグ・アタがきっかけ。夏のハイシーズンをずらして遅めの9月に入山し、私たち以外には2パーティーだけの静かな山だった。悪天が続いた後半はその2パーティーも下山してしまい、最終アタックの段階で残ったのは私たち二人だけ。7000メートルの山に女二人の静かで贅沢な山登り。サミットプッシュでは、C1で降雪と雷で恐ろしい思いをし、不思議な足跡を発見し、二人だけで新雪をラッセルして進んだ。アタックの日は快晴。穏やかな頂上の景色と、下山後のすべてが輝いて見えた感激(これは不思議な体験で、下山の翌朝目覚めたときにまわりに存在…石ころや風や花…が歓喜でブルブル震えているということを感じたのだった。素粒子の振動のように。おそらく脳内麻薬の影響かとも思うけど。)は、その後高所登山に惹かれるようになった私の原体験だ。独立心と深い優しさを併せ持っているゆみは、絶好のパートナーだった。

今回は地平線会議の30周年記念集会に参加するため、少し早めに会って神楽坂のブルターニュのクレープで昼からワインを飲みながらお互いの近況報告。第二子を育てている彼女だが、今年の初めからトレイルランにはまっている…はまっているなんていうものではなく、またこれもすごい集中力で、10月のハセツネカップをなんと11時間59分で走り抜け13位に入賞した。驚異的である。初ロードだった秋のフルマラソンも、3時間台後半で走るというのだから、片手間とはいえない内容だ。そういや私も10年前のハセツネカップで女子総合3位になったことがあったな。それでも14時間29分だったのだから、全体のレベルがぐぐっと上がった今のレースだったら20位にも入れないってことか…いやはや。

12:30の開演に合わせて牛込箪笥区民ホールへ。まず受付で楽しみにしていた長野亮之介さんの「月世見画報」と、滝野沢優子さんの地平線犬クラブエコバッグをゲットしてから会場へ潜入。

当日のプログラムは、ダンスのオープニングから、Part1「自然に生きる、野生を食う(松原英俊さん、服部文祥さん、関野吉晴さんの対談)」、Part2「縄文号ができるまで(関野吉晴さん+黒潮カヌープロジェクトスタッフのプロジェクト報告)」、品行方正楽団の演奏(ケーナや和太鼓三味線などのミックス演奏)、Part3「あれから30年 ぼくらの旅の現在地(岡村隆さん、樫田秀樹さん、白根全さん、山田淳さん、広瀬敏道さん、青木明美さんのセッション)」、Part4「記録すること、続けること(江本嘉伸さん、岸本実千代さん他リレートーク」、品行方正楽団、ダイナミック地平線という内容。

どれも聞き逃せない陣容。その中で、なんといっても残像が強烈に残っているのはPart1「自然に生きる、野生を食う」のパネルディスカッションだ。『現代における"動物としてのヒト"の生き方とその具体的な方法論』というテーマ。鷹匠として日々生活している松原英俊さんにとって、動物はすべて獲物かまたは同士であり観察の対象ではないのでとにかく発言が際立っている(というか想像を超えている)。淡々と語られる日々の生活に根差した言葉は(「ハクビシンは猫に近い味がする」とか「ねずみの刺身も食べる」とかを奇をてらうわけではなく”ふつう”のこととして語る…)圧倒的。深くテーマを追求し続ける、私にとってはあこがれの行動者である関野吉晴さんと服部文祥さんは、観察者+表現者という立場の行動者である以上は、このテーマにおいて松原英俊さんとは次元が違う。マチゲンガ族と行動を共にした経験を持つ関野さんが「知人や編集者からの勧めもあり、あるときから実行者から観察者にかわった」と振り返っていたのは印象的だった。深い思考の上にサバイバル登山という新たな分野を開拓している服部文祥さんは、サバイバル登山に安住せずにさらに深化を模索していて泣けるほど正直だ。一流の行動者であり観察者である彼らだからこそ、異質であるがゆえにすごく魅力的で刺激的で考えさせられる発見に満ちたセッションになっていた。

幸運にも、会場では服部文祥さん自らが「狩猟サバイバル(みすず書房)」を先行販売していたので、大喜びで購入。直筆サインとおまけにいつもの辛口嫌味も言われつつ、再会を楽しんだ。すばらしい観察者であり、かつ行動者であることを志向する服部さんの文章は、客観的事実とともに内面描写も詳細で発見とともに考えさせられることがたくさんある。

会場では、実行委員長の長野亮之介さんはじめ顔見知りのスタッフが裏方で動いている。5年前の25周年より以上に洗練されている印象で、裏方の労力はどれほどかと想像してしまう。お客様としてとても居心地の良い会、ということは相当の準備が必要なはず。久しぶりに、高野孝子さんや高野さんの事務所で一緒に働いていたふみちゃん(今は会津の民宿田吾作の若女将)+息子と再会を喜び合う。日山協でお世話になったFさん、遠征時にお世話になったK先生…。なんだか、自分の過去の歴史を振り返るようでもあった。ばらばらと行動しているようで、実は一つに繋がっているのか。

優子さんとは再会を約束して会場を後にした。ゆみとは興奮冷めやらぬまま再びお酒を飲んで語り尽くして解散。

17 November 2009

11月16日~20日の覚書

16日(月)晴れ 朝すみすみからもらった山ナシのジャムをいただく。奥多摩の山で拾ったナシをすぐにジャムにしたそうだ。手作りの、まろやかでいて粒粒感が印象的なしっかりした味わい!

17日(火)雨 夜MJリンクの会合で表参道へ。早めに到着できたので、プラダ並びのカフェで読書。雨が降っていなければウィンドウショッピングを楽しむところ。会合は柏さんが予約してくれた小さなレストランで。騒がしくないので、ミーティングをしながらの食事に適しているとの選択。若い男性シェフが一人で切り盛りしていて、料理に対するこだわりと情熱が背中から伝わってくるような場所。確かに落ち着いた雰囲気で、料理を楽しみながらもミーティングをしっかり。前回の谷川岳のスタッフ4人で、準備段階から当日の運営などについて振り返りと意見出し。率直な意見交換。

18日(水)晴れ スイスからコントローラーが来日。

19日(木)雨 急に寒くなった。渋谷では10度を切ったらしいよとお掃除のスタッフが教えてくれた。セーター一枚では寒いので(会社では景気が悪くなる前から暖房も冷房も頻繁に使用しない‥エコでも経費削減でもなく「社員の嗜好」というところがすごい)昼休みに近くのOLYMPICまで走りプリプラのノースリーブベストを購入してしまったほど。夜は東京都山岳連盟主催のGiriGiriBoysのスパンティークゴールデンピラーの報告会へ。数字を使った詳細な報告と、なにより報告者である天野和明さんの素直な言葉の数々には唸った。明治大学山岳部は本当に立派な人たちを輩出している、と思う。具体的かつ人柄の良さが感じられる良い報告会だった。

20日(金)曇り 夜、日本山岳会学生部の報告会へ。日中韓交流登山とパンポチェ登山隊の報告。日中韓交流登山は3国が持ち回りで主催国となり開催している交流登山。学生のときに、他国の同世代の仲間と交流できるのはいろいろな意味で今後に繋がる良い経験になるはず。登山というひとつの軸で出会うことで、お互いを深く近く感じるのではないかと思う。ネパールのパンポチェ登山隊は、後輩が最年少で参加してお世話になった。報告を聞いているとリーダーはじめ参加者の人柄の良さが伝わってくる。楽しく学ぶことの多い登山だったに違いない。パンポチェ峰(6,620m)は6,500mから先の稜線が悪いため登頂を断念している。スライドを見ても、脆い岩のナイフリッジは見るからに危険そう。アンカーを取れるようなしっかりした岩がなかったという。断念したのはとてもまっとうな判断だったと思う。それでも全員が稜線手前にあるサムド峰(6,335m)に初登頂できたのだから、後輩にとってはすばらしい経験となった。連れて行ってくれた、リーダーやメンバーのみなさんのお陰だと思う。

14 November 2009

ヨガ~海の情報交換会

14日(土)雨のち曇り Shokoさん志津さんのヨガサークルで前月につづき2回目のインスト。今回もほぐしの部分を担当。このサークルは月1回護国寺の公民館で行われ、Shokoさん、志津さん、Aiさんがメインインストラクター。代表のShokoさんは資格を取得したばかりのインストラクターに場を与えて育てている。私も資格取得後に壁を感じ悩んでいたところ、今年夏に岳人9月号の仕事でご一緒した志津さんに誘っていただいたのがきっかけ。世の中には、資格を取得したがうまく実践に結び付けることができず悩んでいるヒトタチがいっぱいいるのではないかな。

実は今回、代表のShokoさんと初めてお会いした。彼女のブログを拝見しすっかりファンになっていたので、初対面なのにとても親しみを感じる。終了後に個別のアドバイスをしてくれ、さらに課題が明確になった。私は今までも良い出会いに恵まれていて、足を向けて寝られない人たちが沢山いるが、このサークルもそのひとつ。はやくインストラクターとして自立することがお返しへの第一歩か。

終了後は、ヨガに参加してくれたすみすみと一緒に千葉方面へ移動。ザックを背負いヨガマットをくくりつけているとキャンプの人だが、ザックの中身はウエットスーツ。数年前に会社の友達から1万円でサーフボードを譲り受け(今回はすみすみ旦那様のボードを借用)、そのお陰で年に1~2回サーフィンの真似事をしたりする。今回は10月の初旬にバハへサーフトリップへいったすみすみと、私のニュージーランドアイスクライミングの情報交換。出発前から帰ったら御宿に行くことをを約束していたのだ。海岸沿いにすみすみの隠れ家があり、まわりの酒飲処の話を聞くにつけ絶対行きたいと思っていた。

7時過ぎ御宿着。なんと、すみすみは舟勝(←Haramapさんリンク許可ありがとうございました!すばらしいグルメブログに感動)の予約を入れておいてくれた。無料で送迎もしてくれるということで、隠れ家を7時半に出発。期待が高まる…。店主からは「数日波が荒く漁に出ていないのであまり魚がないよ」というコメント。前日は風速28メートルもあり、砂を巻き上げて海は真っ黒なのだそうだ。まずはビールから。御通しは柿と山芋の和え物。出汁としょうゆが効いていて美味。白和え、山芋の揚げびたし、さざえ、コシガニ(カニを殻ごと細かく潰して濾し汁にしたもの)、二人では食べきれないほどの刺身(マグロ、イカ、アジ、タコなどなど)そして最後はイクラ山盛の白米で〆、ぬかずけも美味。日本酒にも合い、最高に幸せな晩餐。これ以上食べられませんというくらい満腹になって、お酒も入れて4千円とは…。東京から特急に乗って5時ころに到着し晩酌をして8時台の特急で東京へ日帰りするという人もいる、という話に納得。恐れ入りました!すてきなお店を紹介してくれたすみすみありがとう。

隠れ家に戻り、ひきつづきお互いの夏の話を夜中まで。

15日(日)晴れ 8時に起床すると外は良い天気。朝食をいただき、支度して海へ。ぽかぽか日差しの中をボードを抱えて歩くのは気持ちがいい。波は静かというわけではなく、私でも沖に出られそうな場所はないか…と目を凝らすが、どこも不可能に見える。ひとつ波を越えても、さらに波を越えて、もうひとつ越えて、さらに越えないとよい場所に到達できそうにない。初心者の私は撃沈必須、想像しただけで怖気づく。が、バハ帰りのすみすみは果敢に弱点を探しては海へ乗り込み、そのパドリングスタイルは以前とは全く違っていて、何度もテイクオフをして楽しそうだ。海に向かって気持ちが解放されている、といった感じ。それを見ていて、私も思い切って海に入ったけれど、ひとつ波を越えるので精いっぱい。波が怖くて心が開かれていません。でも、もともと海が大好きな私は、海に触れただけで幸せな気分になれて、たまには海に来るのもいいな、と思ったのだった。

午後は、すみすみが地元のデザイナーショップrulezpeepsに連れて行ってくれた。光風林が施工した建物で、地元の土やガラスなどを利用し建物を作ったそうだ。地元ブランドの服などどれも味わいがあって素敵。鴨川に住む人たちの空気感を垣間見たような気がした。御宿へと戻る途上、房総で行われた素敵なヨガリトリートのキャンプ場をミクシーで見つけた話をすると、早速探しに行こうということに。大雑把な場所しかわからず、人に道を尋ねながら行くが誰もがわからない、という。諦めかけた頃、明りの灯った床屋さんをたずねると「そのキャンプ場は知らないが、外人が住んでいるアパートがあるから行ってみたらわかるかもしれない」との情報が。言われた通りの道順で行くと、畑を抜けた森の中に探していた不思議な森中滝アートヴィレッジがあった。そして…そこは26歳のときに、大勢の友達と集った場所でもあったことをいきなり思い出した。なんだか不思議な巡りあわせ。当時のオーナーは本国へ帰国し、残った土地は分割して複数のオーナーのものになっているようだ。昔と変わらず不思議な空気感。日本じゃないような感覚に陥る。ひっそりと佇むカフェ"虹の谷Seeds"でフレッシュハーブティー。まわりにキャビンなどが点在していて宿泊もできる。26歳の頃を思い出しながら時間と空間を浮遊。すみすみと、また来たいねと話ながら帰京。充実の週末をありがとう!

2 November 2009

11月2日~6日の覚書

2日(月)雨 北からの寒気が入り込んで寒い。東京は朝から雨。東北や北陸の山々は雪になったようだ。昼休み、会社の女性全員で新しくできた中華レストランでランチ。30代、40代、50代の女性6人で個室を予約する。会社の周りには食べるところがあまりないので、普段は社内でお弁当が多いのだが、たまには外に来るのものいいねなどと話す。

3日(火)晴れ 祝日 雨の後で空気が澄んでいる。朝起きると窓から遠く日光や奥多摩の山々をぐるりと見渡すことができ、その山肌の様子まで見ることができるほどだった。今日はひとつ原稿を書かねばならないものがあるので、お籠り。午前中は例によって掃除、普段手をつけなかった書類をすっきり片付けることができた。うれしい。午後は懸案であった新しいPCのセットアップを完了。夜、通販で購入したスチーム掃除機(←リンクすると音がでるので注意)が届いた。フローリングの掃除は難しいと常々思っており、年末の掃除を控え床掃除はプロに頼まなきゃいかんのかと悩んでいたところだったので思い切ってショップジャパンで購入。届いたものは、というと、予想よりもシャビーな作りで本当は定価の半値くらいのものでは?と思うような品物だった。返品もありかと考えつつ、おそるおそるキッチン周りのフローリングを掃除したところ、油汚れが比較的落ちたようだったので、機能はそれほど悪くはなさそうか。家の雑事を一気にこなして密度の濃い一日で満足。

4日(水)晴れ 久しぶりの友達と食事。車できちゃったというので、私だけビールをいただいた。一人で晩酌することはないが、気の許せる友達と食事するときはビールが飲みたくなる。お互いの近況報告と情報交換など。将来の夢に向けて着実に誠実に毎日を積み重ねる姿にはいつも感心し学ぶことがおおい。目的がぶれないところがなによりもすごいと思う。集中力を見習わねばならない。夜、ある集まりのメンバーになるようにとの先輩からの電話。学生時代から御世話になっており、もちろん恩返しをしたいところではあるが、とても悩む。数日の間に返事をしなければならない。

5日(木)晴れ タオ指圧へ。私は足にエネルギーが集中していて気が滞っていると言われているのだが、今回は先生曰く「驚くほど柔らかくなった」らしい。地平線会議の通信を編集長である江本嘉伸さんからニュージーランドのこと書いて、と言われて原稿。私の文章は、こちらも「硬い」と言われることが多い。地平線会議の通信の文章はとても難しい。読んでいる層が結構コアであり下手なことが書けないという緊張感があるのと同時に、話しかけるように楽に引き込むようにやわらかく文章を運んでいく、という雰囲気が必要。私みたいな直球の硬い文章じゃなく。本当に、何度も何度も書き直しても書けないので参った。

6日(金)晴れ 早朝やっと地平線通信の記事を書きあげて、江本さんへ送信。昼休みに電話でいくつかコメントを受けた。的確なコメントをいただき、本当に親身に読み込んでくださっていることを実感、とてもありがたい。

31 October 2009

笠間ボルダー

31日(土)晴れ 7時前に家を出発し、山手線から常磐線に乗り換えて茨城県の友部へ向かう。今週末は久美ちゃんと一泊二日で遠出を予定していたが、日曜日は天気が崩れおまけにがっつり寒気も下りてくるので急遽バスをキャンセルし、ボルダーに転向した。転向のタイミングや感覚が近くて調整がラクだった。

考えてみると私はボルダーだけを目的に山へ行くのは初めて…。今回はなんとジャックさんの講習会に潜入させていただくことに。

友部駅に集合し車で移動。田舎道を進んで15分ほどで到着した。ジャックさんは準備運動にヨガを取り入れていて、英雄のポーズなど。さすがだ。はじめに大黒岩でウォーミングアップ。パラダイスゲート(7級)からみんなで徐々に登る。ボルダーは大勢でわいわい言いながら登るのが楽しいんだ、と実感。実力の差があっても、それなりに楽しむことができる。

笠間ボルダーは基本がスラブ。ルートによりクラックなどがある。ねこ(?級)、アウトエッジ(4級)など順番にトライしていく。アウトエッジは一手がなかなか繋がらず何度目かのトライで登ったので、思わず「久美ちゃん登れたよー!」と声をあげてしまった。大黒岩は下りがルートでもあるノーハンドスラブ(10級)なので、ちょっと緊張する。

ひととおり登った後移動。山道を10分ほど歩くが、途中で4センチはあろうかと思われるスズメバチが飛んできて焦る。ある木の横を通り過ぎようとすると、威嚇するように迫ってきた。先行した人が調べると、木の根に巣を作っているらしい。迂回して先へ。

はじめに贅沢にもジャックさんの指導でクラック。落ちるとダメージ受けそうなくらいまで登るので緊張するが、後に引けない緊張の後に登り切る快感はボルダーの楽しさかも。スラブのルート。こちらも、明確なホールドがなく手をペタっと吸いつけて登る”スラブ的”緊張感は久しぶり。最後に一本何度も何度も何度もトライして4級のスラブ(ジャックさん曰く3級から4級)を登る。どうしても届かないと思われたホールドをつかめたときは、本当にうれしかった。まわりの応援にも勇気づけられ完登。久美ちゃんはスラブも得意らしく、初段のルートにトライしていた。さすが。

1日思う存分岩にへばりついていた秋の一日。ボルダーの楽しさに開眼しそうだ。

25 October 2009

MJリンク谷川岳晩秋版

25日(日)曇りときどき雨 朝6時半に上野駅で待ち合わせ。前夜は少なめにしたもののお酒が入ったので、遅れたらまずいと戦々恐々、早め早めと焦っていたら5時40分に到着しいくらなんでも早すぎた。

新幹線で移動し、田部井淳子さんが主宰する女性のための山登りサークルMJリンクのため再び谷川へ。今回田部井さんはブラジルへ行かれているため不在だが、中心スタッフの柏澄子さんがリーダーとなり、スタッフの安岡珠希さん、ガイド資格取得中でヨガインストラクターでもある西村志津さんとともに、20人の参加者と天神尾根を登る予定だ。

東京では前夜から雨が降り出し気温も急に下がったので天候が心配されたが、水上に一週間滞在しウィルダネスファーストエイド講習を受けていた柏さんの判断で決行が決まった。上野からは、安岡さん、志津さんと三人で山や仕事の話などで盛り上がりつつ上毛高原へ向かう。ロープウェイ駅に到着すると、雲の間からうっすらと青空も見えた。

谷川のロープウェイ駅で参加者の方々を出迎えるのも2回目。場所の配置や要領もわかるので、前回より格段にやりやすい。いつもながら柏さんの参加者への説明はとてもわかりやすく、リラックスしたもので、感心してしまう。そしてなんといっても安岡さんの笑顔は、場の雰囲気をパッと変えてしまうほど明るい。2人のメインスタッフが準備してこそのMJリンクなんだなと感じる。

今回はリーダーの柏さんからウォームアップにヨガをやってほしい、とお願いがあった。ヨガのインストラクターとして長く活動している志津さんのインストラクションでヨガ。志津さんは集まった人の心を開くのがとても上手だ。体も温まったし、心も温まる、よいウォームアップができた。

2班に分かれて登り始める。2班の間をあけるのには柏さんの心配りがあり、大勢で歩くことで周りに与えるインパクトをできるだけ少なくするため。安岡さんと私の班は後から歩き始める。しばらく登ると徐々に風が出はじめ、雨もぽつぽつと降り出してきたので、こまめに雨具の脱ぎ着で調節しながら進む。しかし、参加されたみなさんはとても元気。大きな声で楽しそうに会話をしながら登れる体力はさすが。

避難小屋を過ぎると岩場の登りが続く。岩場の登行は普段歩きなれていない人にとってはしんどいところだ。なんでもそうだが、慣れないからだの動きというのは必要以上に力を消耗するので、バテるというほどでもないが筋力的に疲れが出てくるところ。天狗の留り場に到着するといよいよ雨が降り出した。時間を取って改めてしっかりと雨具を着なおしてから先へ。ザンゲ岩で休憩し、さらに強くなってきた雨の中を肩の小屋までみなさんよくがんばった。

先に到着して休んでいた1班と合流。柏さんが見たところ、1班よりも2班の方が疲れているということで、風雨が強くなっていることも考えて、頂上はあきらめて下ろうということになった。

小屋を出ると強い風と雨だったが、安岡さんの声掛けで雰囲気が明るくなった。登りで少しスピードが落ちたかと感じていた方々も、下りでは復活ししっかりと下りてくることができて、みなさんの強さを実感する。

避難小屋手前まで下ると雨も収まり、思い思いにおしゃべりなどしながら無事ロープウェイ駅まで下ることができた。

最後も志津さんのインストラクションでヨガのクールダウン。志津さんは山でのヨガを広めたいと活動をしているが、さすがと納得の内容。ストレッチだけではなく、心までほぐすことができるのがヨガの魅力。それには、上手に場の雰囲気を読んで誘導するインストラクションが不可欠で、志津さんは見事なのだ。

最後は皆さんが乗車する水上行のバスを見送ってから、柏さんの車で振り返りをしながら東京へ帰京。

24 October 2009

ロックランズからクラシック

24日(土)曇りときどき雨 朝10時半に葛西駅で久美ちゃんと待ち合わせて23日金曜日にオープンしたクライミングジム ロックランズへ。葛西駅から千葉方面へ少し歩いたところにあるが、線路の左側から行ったら遠回りになった(右側から線路をくぐって行くのがベスト)。4階建のキレイなビル。早速受付をするが、会員番号は既に200番台だ。

1階には受付、広いトイレ、リード壁。2階は女子更衣室、3階に男子更衣室、4階は眺めの良いカフェテリアとボルダーエリア。2階の更衣室には鍵のかかるロッカーに化粧台と洗面、足洗い場まである。ひととおり見学をした後ストレッチをしてからボルダーで体を温める。久美ちゃんはさすがに体の動きがキレイ。

昼少し前に既にお腹がすいてランチ。カフェテリアからは葛西の町を見下ろすよう。大きな液晶テレビもある。飲み物は自販機があるので忘れても大丈夫。カフェの隣にはガーデニングエリアも。スタッフの方が、カフェテリアの細長テーブルや更衣室の化粧台、階段の壁画は東氏の手によるものだと教えてくれた。ガーデニングも東氏の趣味なのだそうだ。

食後はリード壁へ。5.8から徐々に上げていくが、10bではまった。どうやってもスタンスがなきゃ登れないよ、というムーブが出てくる。スタッフの話では、ルート設定は東さんがやっていらっしゃって、ムーブは難しく女子仕様ではないらしい…。いくつか登ったが、やはりどれもタイプが似ていた。セッターの個性を感じるのも、面白い。キレイなジムなので、女子好み。女子用のリードルートが増えるともっと楽しくなるだろう。不思議と人はまだ少なく、ボルダー壁に2人、リード壁に3組程度だった。

14時前にジムを出て、住吉へ移動。3日前に知人からコンサートのチケットをもらったので、クラシックにハシゴ。東京フィルの定期演奏会。矢崎彦太郎の指揮で、モーツアルト「交響曲第34番」、新実徳英「沈黙へ」、ストラヴィンスキー「プルチネルラ」、チャイコフスキー「イタリア奇想曲」。前衛の「沈黙へ」はいいなと思ったが、常連の方々の反応はいまひとつだったようだ。盛り上がったのは最後の「イタリア奇想曲」でスタンディングオベーションがあった。オーケストラの勢いを感じられるすばらしい曲だった。

外へ出ると雨が降り出していたが、われわれは最後のデスティネーションへ。神楽坂の大八を目指すが、なんと休みだったので、鳥竹で一杯。鳥料理中心の昔ながらの居酒屋だが、狭い店内はなんだかほっと落ち着いて飲むことができる。久美ちゃんの話を聞いていたら、集中してクライミングしていたときは5.12を登っていたとか。ジムでトレーニングしすぎて指が変形してしまったとも言っていた…。聞きださないと教えてくれない。能ある鷹は爪を隠すとはこのことであろう。

18 October 2009

ファーストエイド講習

18日(日)晴れ 秋晴れの爽やかな空気を吸いながら赤坂へ。ニュージーランドへ出発する前に予約を入れていたメディックファーストエイドでベーシックプラスCPR・AEDを受講するため。人を連れて山へ行ったりヨガ講習の機会が増えつつあるので、ファーストエイドの知識を持っていなければ、という思いから。山で一緒に活動することが多い友達のすみすみからは、1週間山に篭ってのウィルダネスファーストエイド講習の情報をもらったが、さすがに夏休み後の1週間は休めない。

数年ぶりに赤坂駅で下りたが、随分と様変わりしていてびっくり。MFA(Medic First Aid)の講習を提供しているオフィスは赤坂サカスから歩いて5分ほどのビルの中にあった。受講生はなんと他に1人と贅沢な講習会。日本に2人しかいないコアパフォーマンスインストラクターの1人という28歳の女性と一緒だった。もともとヨガインストラクターをされていたそうで、一度体を壊してコアパフォーマンス(体の中心から鍛えることによってパフォーマンス能力を高めるのだそう)に出会い魅了されてインストラクターになったそうだ。代表の野口氏はEXILEのパーソナルトレーナーなども務めているとか。休み時間になると、コアパフォーマンスがいかに面白く将来性があるか目を輝かせて語ってくれて、こちらも引き込まれてしまった。

ファーストエイド講習は、救急の現場で救急隊が到着するまでの間いかに最善の状態で現場を管理するかという視点から考えられたもの。わかりやすい指導員の説明とビデオ講習を受けつつ、実践を行うという手法で、緊張することなく身に付けられる雰囲気だった。現場に居合わせたら、まず、自ら危険がないかを見極めた上で応急処置を手伝う。感染予防のために必ずグローブをして近づき、呼吸の有無を確認、なければ気道確保とシールドを使った人工呼吸と胸部圧迫、意識があり脊椎損傷が疑われれば首を固定。出血や骨折箇所を確認、怪我をしていなければ回復体位にして呼吸を観察する。判断は救急隊員に任せるが、つなぎをスムーズにするための状況把握、呼吸に異常が見られる危機的な状況においてはCPRやAEDでアクションが起こせるようになるための訓練が中心だ。ペアで交互に役を変えて実習する。

非常時の対応を学ぶということと、救急隊員と現場をつなぐ重要な役割を担う意識を持つということにおいて、とても分かりやすい講習。講師の猪狩氏によると、山岳関係の人も多く受講に来るそうだが、航空会社や医療関係者が多く受講に来るそうだ。

一緒に受講したノリコさんからは、コアパフォーマンスをぜひ受けに来てと言われアドレスの交換。代表の野口氏が最近中目黒にできたbe myselfで火曜日17:15から教えているそうだ。登山やクライミングにも絶対効果がありますよ、と。会社が終わってから行くとなると難しいが、行けるように画策してみよう‥。

ノリコさんは顔もスタイルもモデルのよう。イスに座っていると私より顔も背も小さいのに、席を立ったら、15センチくらい高かった。

10月12日~17日の覚書

12日(月)晴れ 昨日から実家へ泊まり、母の料理に舌鼓。ニュージーランドの土産など。11日に成田に到着し、ずいぶんと秋らしくなっているなあと思った。気温も低くなったし、湿度は低く、空が高い。

13日(火)晴れ 仕事。机の上には書類の山。後回しにできるものは後で。今週中に期限があるものを先に。と思っていたら、上司の一人から今日中にやって欲しいことの指示を受けて順位入れ替え。いずれにしても、今週中にやるべきことはあせってやってはいけない類のものなので、落ち着いてから手をつけることにする。

14日(水)晴れ 帰りに二度目のタオ指圧へ。紀伊国屋で見つけた遠藤喨及氏の「タオ指圧入門」がきっかけ。今日も滞りのある経絡から邪気を流していく。体の芯が硬くなっているといわれる。以前スポーツトレーナーのストレッチを受けているときに力を抜けといわれても抜くことができない(力を抜く方法がよく分からない)自分に気づいたことがあるが、やはり、芯がなかなかほぐれないのだそうだ。しばらく通ったほうが良いかもしれない、と。現在気になっている症状は腎の経絡が滞っている可能性があるようだが、1ヶ月コーヒーと白砂糖をやめてみてくださいといわれる。

15日(木)晴れ ヨガ2度目の中間レポートをグループでシェアするため、自分の資料を作成してとりまとめをしてくださっている講習生のへメール。講習生といっても、大学で心理学の准教授をされていて臨床心理士をされている方。ヨガが心理療法として効果があると考え研究されているそうだ。なので論文発表などはお手の物、効率的効果的に作る方法を惜しまずにシェアしてくださる。ありがたいこと。

16日(金)晴れ 翌日のヨガインストラクターの準備。ニュージーの山でのデービーの料理好きの影響を受け、夜の料理が楽しい。元気な証拠でもある。料理への興味というのは伝播するものだと思う。友達の美味しい手料理を食べたあとなど、自分で料理を作りたくなる。

17日(土)曇り 昼から、志津さんのヨガクラスでインストラクターデビュー。志津さんのクラスは、ショウコさんという代表の方が始めたクラスで、インストラクターを目指す人たちに機会を与えているとのこと。悩んでいた私を、志津さんが誘ってくださったのだ。本当にありがたい。ヨーガニケタンでは理論やレポートを量産(?)しているが、なかなか現場でインストラクターをするという機会はない。自分で開拓して経験を積んでいくしかないのだが、そこには壁がある。今日は、志津さんとアイさんがメインインストラクターで、私はイントロの体ほぐしを担当。志津さんとアイさんはさすが息もぴったりで、場の雰囲気作りなど見事。さすがプロ。志津さんの自然体ながら暖かい雰囲気のインストには、いつも気持ちが前向きに明るく変わるような感覚がある。肩や胸を開くことで気持ちをオープンにするポーズを積極的に取り入れているからかもしれない。瞑想も深く眠りそうになってしまった。やさしさが伝わってくるのだ。アイさんは、プロとして各所で教えながら、ワークショップに積極的に参加して勉強し続けているそうだ。アイさんのチャンティングはとても素敵。チャンティングとは真言を音にのせて唱えるもの。肉体レベルではなく体を取り巻くエネルギー体に効くといわれている。音がびりびりと響いてくるようで余韻が残ってリラックス。私が習っているチャンティングと同じだった。アイさんのようにすれば怪しい感じがしない、ということがわかり興味深かった。一つのクラスでいろいろなインストラクターの個性を感じられるのは贅沢。今日は、現在ヨガインストラクター資格取得中の妹(今まで一緒にヨガをしたことはない)が来てくれた。帰りは二人でお茶しながら、今日の私のフィードバックを受け反省会。率直なコメントをもらえるのは貴重。帰りに勉強すべきテキストを本屋で物色して帰宅。志津さんやアイさんのように、勉強を続ける姿勢が大事なのだ。

9 October 2009

ワナカの一日

9日(金)曇りのち晴れ ワナカはここ数日寒いようだ。朝は5度くらいだろうか。今日はワナカでの最後の一日。家族や友達にお土産を買いに町へ。小さな町なので、あまり店はないのだが、個性的で品揃えのおしゃれなところもいくつかあり、楽しいショッピング。レストランもどれも個性的で落ち着ける場所がいくつかある。ほぼ予定どおり買い物ができたのだが、ひとつだけ、山小屋で見たケトルがあまりにもシンプルでかわいかったので自分用に欲しいと探し回ったが、もっとおしゃれなものは置いてあっても、昔風の普通のケトルを置いている店がなく残念だった。町を歩く人たちは、ノースフェースやアイスブレーカーなど、山着同様の服装で歩いている人たちが多い。いつでもアウトドアに出て行けるといった感じだ。若者はストリートファッション、男の子たちはジーンズをダブつかせていたりして、日本と変わらないか。日焼けしている人も多く、スキーやスノーボードを日常的にやっているのかもしれない。みんな、シンプルだけど、なかなかおしゃれに着こなしていて、同じブランドを着ていても、こういうおしゃれ感を出せない自分を思ったりした。山道具屋や本屋も回り、ルート図集など買い込む。帰りの荷物が重量オーバーにならないように気をつけねばならない。山道具屋では、デービッドと会う。次の仕事の準備をしているのだとか。けっこう忙しいのだ。彼はユニークで同じ年でクライミング暦は30年といっていたから、70年代からスコットランドで洗礼を受けたタイプ。見るからにそういう感じなのだ。トラッドのナチュラルプロテクション、アルパインがメイン。最近は、家作りにも凝っていて、過去に建てた2軒は人に貸していて家賃収入があり、最近作った1軒は自分が住んでいる。「じゃ、家賃収入だけで暮らしていけるんじゃないの」と聞いたら、そうだ、というのだ。家作りは大好きだけど趣味ではなく仕事なのだそうだ。家を見せてもらったが、シンプルながらきちんとした作り。過去の家々もそれぞれデザインが異なり、おしゃれだ。こんな生き方もあるんだなあ、などと思うのだった。夕方は日本語入力ができるインターネットカフェでブログアップ。自由でうきうきするような、この下山後の時間を思い切り楽しんでおこう。

8 October 2009

下山

8日(木)曇りときどき雨 7:30起床。クラッカーにチーズとサラミとトマトをのせ朝食。紅茶を飲みながら私が「昨日寝る前に読んだショートストーリーが泣けたんだよね」と話すと、デービッドがどんなストーリーか教えろと。浅田次郎「月下の恋人」の中にある「忘れじの宿」なのだが、実に日本的な心情を描いたもの。私のつたない英語で、ストーリーを説明したのだが、説明してみるとなんとも陳腐な内容となってしまったのだった。が、私だけそのストーリーを思い出しながら泣きそうになるという始末で、笑える光景。最後に「多分わからないよね」というと、「いやわかるよ」とデービッドは答えていたが‥。今日はヘリで下山予定。チャンセラー小屋から下部は大きなクレバスが口を開けていて見るからに大変な氷河が続くのだ。歩いて下るというオプションもあったのだが、天気の悪さを考え小屋からヘリコプターで下ることで意見が一致した。9:00ピックアップ予定のヘリに合わせ、パッキングと片付け。この小屋には備え付けの洗剤がなく、お湯を沸かして食器を洗うが、トムヤムクンは思いのほか油分があるらしく、なかなかキレイにならないようだ。小屋のすぐ上にヘリポートがあり、そこまで荷物を運んでおく。ヘリポート3メートル×5メートルくらいだろうか。こんな狭さで止まれるのかと思うほどだった。予定の9時に一度ヘリが近くまで来たが、濃霧のため着陸できず。やきもきながら待つと、20分後霧の合間を縫ってやっとヘリは着陸することができた。ギリギリにうまい具合に着陸する技はたいしたものだった。荷物を詰め込み、ヘリへ乗るとすぐに飛び立った。行きもそうだが、帰りのヘリもパイロットは淡々としたもので、私から見るとこんなすごいことをしているのにこの姿勢はなんだろうかなどと考えたりした。海がどんどん近くなり、緑の中にヘリは止まった。なにより無事の下山を喜んで、荷物を車へ運ぶ。「シャワー浴びてから帰りたいよね」ということで、何日か泊まっていた宿にシャワーだけ借りに行くが断られ、ニュージーランド山岳会所有の小屋へ。ひとつしかないシャワーを3人で交代に使ってささっときれいになってから、近くのカフェでブランチ。デービッドが南極の基地で働いていたときの上司だったという老人がご夫人とカフェに入ってきて、偶然の再会に驚いていた。食後、ヘリ会社、自然保護センターなど関係者に挨拶まわりをしてから、一路ワナカへ。途中景色の良いところで何度か止まりながら、3時間ほどでワナカへ。オフィスへ戻りギアの片付け。ビールで乾杯。写真の交換などなど約束し、それぞれ家路についた。

7 October 2009

Chanceller Hut

7日(水)快晴無風午後から曇り時々雨 6:00起床。ミューズリーとトースト、お茶、コーヒーで朝食。予測より天気は持っているようで、外は無風快晴。風がないだけでこれほど暖かいものかと改めて思うほど。早いうちに1700メートル付近に建つチャンセラー小屋まで下る予定だ。備え付けの食器を洗い(この小屋では水を作り、食器などは湯を沸かして洗剤を入れて濯ぐ)、掃除をし、かなり気を使って片づけをした(つもり)。なんといっても、デービッドの気の使いようは気合が入っていて感心してしまった。装備を分け、賞味期限の長い食料は日付を書いた箱に入れて残していく。久しぶりに重荷といった感じ。9:30小屋発。パイルジャケットだけで十分な暖かさ。私がトップで昨日机上講習どおりのルート取りで下っていく。小屋から続く尾根沿いに下り、途中で氷河を横切り、チャンセラー小屋へと続く尾根へと入っていく。重荷でも下山であるから、雪に足をとられながらも楽しい氷河歩行である。とにかく美しい雪原に自分がトレースをつける楽しさといったらない。じきに暑くなって三人ともレイヤー一枚だけになって歩くことになった。氷河をとなりの尾根へと横切るときには、照り返しもすごく、高所のあの日差しを思い出す。氷河はところどころクラックが走っていて、通過に緊張する。できるだけロープを張り気味に歩くようにする。となりの尾根に近づくと、大きなクレバスが口を開けるようになった。ひとつのクレバスを通過すると、デービッドが「どのくらい深いか」というので、近づいてみるが怖くて下までみることができず。「下までは怖くて覗けないくらい深いです」というと、「じゃあ、ここでクレバスレスキュー訓練をしよう」と。ザックをロープの先に着け、クレバスに落とし込む。ロブと私はそれぞれのロープで、レスキューシステムを作る。下界で何度も何度も練習したので、すぐにできるかな、と思っていたが、雪上でやってみると案外手間取ってしまった。改めて思うがロープワークはとにかく実践して体で覚えこむしかないのだ。1時間ほどレスキューシステムの設置と引き上げの練習をし、再び荷物をまとめて13:00出発。氷河では、できるだけ傾斜の少ない平坦な箇所を選んであるくとクレバスが相対的に少ないそうだ。14:00ころからガスが出始める。チャンセラー小屋へと続く尾根へトラバース気味に入り込み、尾根をしばらく下ると、赤い屋根のチャンセラー小屋が見えてきた。まるで、谷川かどこかの尾根に建つ小屋の風景のようだった。この小屋は、高所に建つ小屋で最古のものだという。シンプルながら、二つの部屋を持ち、12人は寝られるスペースとキッチンダイニングは、居心地のよいものだ。小屋に入ると、キーキーと鳥の鳴き声がする。「キウイだね。装備を早く中に入れたほうがいい」とデービッド。キウイは物をなんでも持っていってしまうのだそうだ。じきに、ぽつぽつと雨が降り出した。明らかに天気は下り坂。この小屋は雨水を集める樽があり、水はそこから取るので雪を溶かす必要がない。屋根の梁を利用して再びロープワークの練習をした後、夕食作り。今日はトムヤムクンにクスクス。料理をしていたら部屋の角をねずみが通り過ぎた。夜は、スコットランド出身のデービッド(ロブもスコットランド人)が持ち込んだスコッチを飲みながら、いろいろな話。ロブは物理を教える先生だったが、そろそろ仕事に飽きたので、ニュージーランドへ来てスキーインストラクターの資格を取得した。過去に子供たちを連れて行った南米やアフリカの話で盛り上がる。23時就寝。

6 October 2009

Mt. Gray

6日(火)快晴 3:30若者二人は起床し4時ころ出発したようだ。我々は6:30起床、湯を沸かし、7時前に明るくなるのを見計らい、紅茶のミューズリーを食べたりトーストを焼いたりしながらゆっくりと朝食を取る。装備を揃え9:30小屋発。空は晴れ渡り、海と氷河を見渡すことができるこの景色は、とにかく素晴らしい。ただ、風が強く、とても冷えるので注意が必要だ。入山前からなんども練習をしている氷河でのロープワークは、かなり慣れてきた。自分に巻きつけタイオフし、プルージックを装着するのも、厚めの手袋でさっとできるようになってきた。大斜面を登り、グレーピークのコルを目指す。今日は、ルートを登りながら技術を確認する日だ。1時間ほど歩くと、途中に若者二人が登っているダグラスピークの南壁が望めるプラトーに到着。眺めると急峻な氷のクーロアールがまっすぐと頂上まで伸びており、実に美しいルートなのであった。改めて彼らのすごさを思いつつ先へ。11:30コルに到着。西側へとつながる峰々を見渡しながらゆっくりと腹ごしらえ。12:30登攀開始。氷と岩のミックスから始まりまずリードさせてもらう。アイススクリューが効き一本目のアンカーを取る。あとは小さめのロックスと岩のタイオフで。2ピッチ目は雪壁でロブがリード。あまり傾斜なく、簡単だったからと、3ピッチ目の岩もリードとなる。4ピッチ目は氷のクーロアール。氷にスクリューを入れようとするが、なかなか入らず、すぐに岩へ逃げて岩でアンカーを取りつつ上部へ。どのピッチもインストラクターのデービッドからアンカーの確認や指導を受けながら登るため時間がかかる。氷のクーロアールを抜けると頂上へと抜けるナイフエッジが続く美しい稜線なのだが、これ以上行くと時間が足りなくなるだろうということで16:30懸垂で下降を開始した。17:10取り付きに到着下山開始。18:30に小屋へ到着した。頂上へ行けなかったが、楽しい登攀だった。フォックス氷河近辺の小屋では5時にラジオの定時交信がある。下のセンターからそれぞれの小屋へ気象予報のお知らせと、小屋からはその日に泊まる人たちの人数と代表者の名前を伝えねばならない。我々は、持参したトランシーバーから状況を報告。ちょうど同じ頃下山してきた若者二人も下山中と伝えると、センターからカールへ伝言ありとのこと。小屋へ戻ってから再度連絡をとると、どうやらカールの親戚に不幸があったとの伝言らしい。登攀の満足感に浸る暇もなく、彼ら二人は急遽ヘリを呼ぶこととなる。さっさとパッキングをし、19時にまだ明るく好天の中ヘリが到着した。下から「ヘリは500ドルかかりますが大丈夫か」との確認があると、リーダーであるマイクは迷いなく「大丈夫僕が支払います」と返事。そこにはなにより仲間を大切に登っている姿が感じられて、二人は本当にいいパートナーなんだろうな、と思ったのだった。大好きになった二人がヘリで下山したのは、なんだか淋しかったが、3人で「なんだかこの小屋に長く住み着いているような気がするよねえ」などと言いながら、静かにマトンカレーなど作りゆっくりとすごす。翌日は天気が崩れ始めることが予報でわかっていたので、下のチャンセラー小屋まで下山することを決め、ナビゲーションとGPSの講義を受けてから就寝。

5 October 2009

雪上訓練

5日(月)快晴 6:30起床。快晴、宿の温度計は1度を指している。軽い朝食をとり8時宿発。ヘリポートで荷物を降ろし、8;45ヘリに搭乗、好天の中山へ向けて飛び立つことができた。2300m付近に建つパイオニアハットへ。初めてのヘリでの入山。深い谷に広がる氷河、急峻な岩や雪を抱いた山々。3000メートルそこそことは思えない、驚くべき雄大さだ。9;00にパイオニアハットへ入る。ニュージーランド山岳会が管理している無人小屋は、キッチン台と9人はゆうに泊まれるベッドからなる、居心地の良い空間だ。食料と装備を整理し、10;00から雪上訓練へ。弱層テストを行ってから、雪上のアンカーをいくつか作り強度テスト。雪は1メートルの間に2箇所特に弱い弱層を持っていて、アンカーをうまく埋めないと、弱層を切ってしまい難儀した。スノーボラードは、よく踏み固めた上で深さ70センチくらいで作ったところ、かなり強力に出来上がった。後、滑落停止。久しぶりに自分で滑落停止の練習ができた。通常のものは良いが、左手(利き手とは逆)でのピックの打ち込み、後ろ向きでの滑落は私は苦手であることが良くわかった。小屋に戻ると、若者が二人スキーで下の小屋から上がってきていた。クライストチャーチからやってきたといい、一人は大学を卒業したばかりのフリーターであるMike Lowe、もうひとりは大学生のCarl Bishop。いまどきの日本でも見かけそうな若者だ。とても気のいい二人は、私が後ろ向きの滑落停止がうまくできなくて、と話すと、箒をピッケル代わりに持って床に転がってみてよ自分たちがGravityを作ってあげるから、といい、私を床の上で転がしながらこう引力がかかってきたらこのタイミングで体をひねってピックを指すのだ、と丁寧に教えてくれたのだった。人としても気持ちのいいクライマーである…さすがだ。彼らは明日、Douglas Peak南壁 Left Couloirという5級上の氷のルートを狙うのだという。南半球ではいわゆる北半球の北壁は南壁にあたる。ギアを見ると、マイクは両手にノミック。カールはグリベルだった。私たちのインストラクターであるデービッドは「本チャンもリーシュレスでいっちゃうの?自分は怖くてできないよ」と言い、講習生のロブが「それがいまどきでかっこいいスタイルなんじゃないですか」と言う。若い二人は、「難しいところではピックを肩にかけて休むんでリーシュがあるとじゃまなんですよ」とか言っている。なんだか、日本でも聞きそうな会話だ。彼らに聞くと、予備のアックスを1本背負っていくのだそうである。冬の氷はどこがいいの?と聞くと、7月から8月のWye Creekがいいよ、と教えてくれた。クライストチャーチを基点に、スキーで入れば20分の登りで取り付きまで1時間くらいなのだそうだ。夕食はチリとクスクス。デービッドは本人が料理が好きというほどで、本当に美味しいメニューを考えてくれる。大満足。食後、若い二人が真剣にギアを整理するのを傍で見物。二人で相談しながら、ギアを分け合う姿は楽しさと緊迫感が伝わってきて、うらやましくなる。21:45就寝。

4 October 2009

晴れなのに

4日(日)晴れ 天気予報どおり、晴天。喜んで飛行場へ行くが、晴天まちをしていた人がいるらしく、順番がなかなか回ってこない。朝のフライトにはどうやら乗れないようなので、コーヒーショップでコーヒーを飲みながらルート図など見ながら時間をやり過ごす。ルート図を見ていたら、これ自分が作ったルートだよ、とデービッドが教えてくれた。Notforustoというルートをバンパイアピークに開いたのだと。1996年10月 5級のルートだった。アプローチが雪崩そうで悪く、氷と岩のルーとだそうだ。昼近く、ヘリの飛行場へ行き、氷河でのレスキューシステムを車を利用して何度も練習。こういうロープワークは、とにかく何度も練習をして身につけるしかないので、何度も何度も練習ができる環境はありがたい。しかし、これほど天気が良いのにヘリは飛ばず。パイロットによれば、行き先であるパイオニアハット付近は風が強すぎるのだそうだ。しばらくすると、他の登山パーティーがやってきた。3人のニュージーランド人。山の話で盛り上がり、一緒にビーコンの探し合いのゲームをした。彼らは、ニュージーランド山岳会の所有する山小屋泊。私たちは、3日泊まっていた宿へまた戻って明日までヘリまちとなった。夜は、ステーキとサラダで満腹。食べ過ぎの感あり。夜は、また、今日出会ったクライマーたちと一緒にパブで一杯。普段の仕事や、山の話で大盛り上がり。山のつながりはこれだからやめられない。明日こそ、ヘリが飛びますように。

3 October 2009

氷河でアイスクライミング

3日(土)曇りときどき雨 6時起床。曇りなのでヘリが飛びそうな雰囲気だったが、準備しているとなんと激しい雨が突然降り出した。インストラクターのデービッドがヘリのオフィスへ確認に行ったがやはり飛ばないとのこと。代わりにギアをもって氷河までアイスクライミングの講習をしにいこうという。準備したものの、激しい雨の中でアイスクライミングをし山に入る前に装備ともどもびしょ濡れになるのはいやだったので、「雨が止むまで屋内でできる講習が希望なんだけど」と一応言ってみた。講習生のロブは行く気満々だったのだが、午前中は室内でロープワーク(氷河でのレスキュー)のシステムの作り方の講習となった。こちらの雨は、スコールといってもいいくらいの激しい雨が突然降り出す。午前中は激しい雨が降ったり止んだり。氷河に出て雨に打たれなくてよかった。昼の休憩後、雨も止んできたので外へ出ることに。10分ほどドライブし、フォックス氷河の入り口へ。40分ほど山道を歩き氷河に降りると、練習に使えるほどの小さな氷のタワーが乱立している。クレバスがはっきりと見える氷河をドライグレーシャーといい、雪でクレバスが見えない氷河をウエットグレーシャーということを教えてもらった。大きなクレバスがあるというわけではなく、比較的安定しているように見えた。装備を付け、アイスクライミングの基礎からリードの練習をさせてもらった。昨日学んだアンカリングシステムを駆使し、適度に柔らかい氷をアックスでリードするのは、楽しい。最後は、アバラコフの作り方を練習し、本日は終了。明日から数日天気は安定するようなので、明日はヘリが飛ぶといいのだが。楽しみに早めに就寝。

2 October 2009

机上講習

2日(金)雨のち曇り 明け方から大雨。それは驚くほどの勢いで、通過してきた西海岸の森は熱帯雨林(Rain Forest)と言われにわかに理解ができなかった謎が解けた。西からの低気圧がニュージーランドの南アルプスの高山にあたり大量の雨を降らせるのだ。驚くべき気象環境。午前中は今回の天気予報をインターネットから引き出して、天気についての机上講習。南半球は高気圧の吹き出しが時計とは反対でそれは北半球とも反対。ニュージーランドの天気の変化のパターンや、低気圧や高気圧の現れ方、気象の基本から応用までざっと習うことができた。昨日、夜にパブで(今回の講師、講習生とも英国出身で夜はパブで一杯なのだ)話を聞いていておどろいたのは、なんとニュージーランドでは氷河が発達しているのだという。「反対じゃないの?北半球のどこも氷河が退行しているのに」というと、フォックスグレーシャーやタスマングレーシャーは間違いなく発達しているのだそうだ。驚いた。昼前にアンカーシステムの作り方について実習。基本なんだから知ってるつもりだったが、流動分散をしたら、これじゃだめだと。流動分散、かつ、オーバーハンドなどで固定しアンカーを作るのが今は主流で、アイスクライミングなどで不安定な支点の場合はやむなく私が使っていたような流動分散を使用することもあるらしい。しかし、このシステムは考えなくてもさっとできるので、しばらく新しいシステムに慣れるまでは、苦労しそう。とにかく、今日だけでも何度も練習をした。一番いい方法は?と聞くと、とにかく、状況に合わせ(カラビナやシュリンゲの数、ルートの形状など)臨機応変にEquiloaded and Independentなシステムを作ること、これ、という形ではない、と言われてしまった。ううむ。昼は、気分転換に外のレストランへ車で移動。草原の中にぽっと佇むおしゃれなレストランで感激。チキンのパニーニとカフェラテ。天候が好転してくる兆しが見えたので、みんなで、ヘリのオフィスへ確認しにいくと、明日は飛びそうだと。国立公園の事務所で地図を購入。午後はクレバスの自己脱出の訓練(2回からロープを下ろして)。宿はバックパッカーなので、基本は自炊。老若男女、自由に旅をしている人たちが集まってキッチンをシェアする。これから、夕飯づくり。明日の朝のヘリを祈ってっ準備。

1 October 2009

フォックスグレーシャーに到着

1日(木)晴れのち曇り 5:30に起床し、7:30分にオフィスへ。天気が崩れる予報があるため、早めに車で出発する。今回の講習会講師デービッドと講習生のロブと私の三人。3時間半のドライブで、麓のフォックスグレーシャーに到着するが、曇天のため今日はヘリコプターが飛ばず停滞となる。氷河でのロープワークなどなど講習。詳しい説明があり、勉強になる。何度もロープをつけたり外したり練習。現場でなるべく手間をかけず、できるだけ多くルートに行きたいな。日曜日まで天候は不安定のようだが、学ぶべきことは沢山あるので楽しみ。さて、どうなるか。

30 September 2009

ワナカに到着

30日(水)曇り 12時45分クイーンズタウン発のバスにて移動し、14時ワナカ着。湖畔のこじんまりとした、おしゃれな街。早速本日の宿であるワナカバクパカにチェックインし、街を散策。昨日クイーンズタウンに到着し一日過ごしてみると、日差しがあると暖かく半袖でも十分なのだが、日が翳ると薄手の羽毛ジャケットがちょうどうよいくらい。案外温度調節が難しいし、山へ行ったら寒そうだ。午前中、山道具屋へ行き、アイスブレーカーの山用下着を買ってしまった。日本にはまだラインナップが少なく、結構値段も高めなのであまり手がでない。地元でも決して安くはないが、良さそうだ。

宿は自炊が基本のバックパッカーなのだが、山へ入る前なので風呂付のツインルームで予約を入れた。部屋はコージーで大好きなタイプなのだが、風呂はシャワーでバスタブ無し、電源は無し、ドライヤーの貸し出しも無しと知って少々困惑。いろいろ準備がしたいので、これだとちょっと困るのだが。

まあ、仕方ない。はじめから出たところ勝負で状況にあわせるしかないと思っているので(これが一人旅の良いところ)、気持ちを切り替えて、早速まちの散歩へ。小さいながらも、おしゃれなカフェなどがあり、好きなタイプの街である。クイーンズタウンでは、働いている日本人に何人もお会いして、日本人が多いと思ったのだが、なんと町のインターネットカフェには日本語入力対応のPCがなく驚いてしまった。ワナカもだめかなあとあきらめつつインターネットカフェに入ると、日本語入力できるよ、とのこと。やっと、貞兼さんにお約束していた26日の日記を書くことができる…。が、一気に入力してブログアップしたところ保存ができていなかったらしく、一度目入力分がすべて消えてしまった。さすがの私もこれにはショックを受けたが、こうしてやっと今日の日記にまでたどりつくことができた。

明日から山に入るので、今日は何を食べようかななどと考えながら、またしばらくまちをふらついてきます。

26 September 2009

ニュージーランドへ行ってきます!

28日(月) 午前中仕事、午後から遅めの夏休みでニュージーランドへ行ってきます!今、カンタス航空を待つ間ネットカフェでブログ書いてます。もうそろそろ搭乗しないとまずいので、行きます。過去ブログも途中なのだが‥。ネットがあるところで!

9月21日~27日の覚書

21日(月)晴れ ニュージーランドの準備とヨガのレポートなど出発前に終わらせねばならないことなど。

22日(火)晴れ 新宿御苑で行われる西村志津さんのヨガへ。太陽の下、新宿御苑の緑に囲まれてのヨガは最高に気持良い。志津さんを中心に集まった人たちは、それぞれがきらきらと輝いて魅力的だった。志津さんとは、岳人9月号でヨガの記事をご一緒させていただいて以来。そのさわやかで前向きなパワーに魅了されっぱなし。10月も、一緒に活動予定がはいり、楽しみ。それから、なんと、10月17日(土)志津さんにオファーをいただき、ヨガインストラクターのデビューをすることに(ご興味のある方ぜひ志津さんのブログを参照ください)‥。夜、親と食事。

23日(水)晴れ 8月はじめに本屋で見つけて購入した気功指圧の本「タオ指圧入門」がとても面白かったので、ネット検索し指圧を受けてきた。自分の状態を説明、症状を説明すると、今回手を加えるべき経絡が決まり、それにそって、邪気を流していく。今回私は腎に関係する経絡に沿って指圧。砂糖やコーヒーは腎の経絡を傷めるようだ。堅甲骨のツボを押すと、腕のひじの横のツボが痛かったりする。別の箇所が痛くなるのは邪気が流れていっている証拠なのだとか。確かに、術後はすっきり。しばらく通ってみようと思う。

24日(木)晴れ 遅い夏休みを2週間とるために、不在中の仕事を前倒しする。

25日(金)晴れ 会社主催のセミナーのスタッフ仕事。200人近く人が集まり、大盛況だった。主催者の上司はとてもうれしそうだ。

26日(土)晴れ 午前中久しぶりの友達と会いランチ。午後は、ニュージーランドのための買出し。登山道具屋数件、ヨドバシカメラ、ビッグカメラ、薬局などなど。いつもより時間があったはずなのに、結局ぎりぎりまでこの状況とはどういうことか。効率化を考えなければいけない。どんな山(海外も含め)でも15分で準備できるという田部井さんの言葉を思い出した。自分を反省。

夜は、チベットの歴史と文化学習会へ。かなり切羽詰った状況ではあったが、行ってよかった。すばらしくエキサイティングな内容。

元名古屋大学の上田豊教授から「ヒマラヤ・チベット圏の氷河の変貌と地球環境」について講義。ヒマラヤの氷河のフィールドワークを長年続けてこられ、写真を見るだけでも、明らかに山々の氷河が後退していることがわかる。中でも1980年から2000年にかけては平均6メートルも氷河が後退しているのだそうだ。一昨年モンゴルのフィティン峰登山の際現地の氷河研究者とお会いしたが、そこでも、年5メートル後退していると話していて驚いたことを思い出した。

渡辺一枝さんの「チベットで見た鉱物資源の採掘場」は長く深くチベットを歩いてこられた経験から見える環境の変化について現場の興味深い話。数年前からチベットはゴールドラッシュといえる状況であるようだ。地元のチベット人はもちろん金など埋蔵地を今までも知っていたが、必要に応じた(寺の修復など)採取しかしてこなかった。漢人は大規模な採取をしているようで、それは塩やミネラルなども対象であるらしい。面白かったのは、チベットの塩はヨードの成分がないため、『甲状腺肥大』になる人がいるということ。中国政府はチベットで採取した塩ではなく、ヨードの成分が入った塩を奨励しており、一枝さんははじめ「これは政府の陰謀では」と思って調べたが、事実だと知り政府はいいこと「も」するんだと思ったことなど。後ほどお伺いした話だが、ネパールをくまなく歩き調査を続けてこられた貞兼綾子さんによると、チベットの岩塩を使っていたネパールでも少し前まで甲状腺肥大をよく見かけたのだという。最近はチベットの岩塩が入らなくなり、インド製のヨード入りの塩が入ってくるようになったことや、その昔UNICEFやWHOがヨードの接種を行ったことなどにより改善されたのだそうだ。

最後に、なんといっても「チベット問題を問う」と題して行われたディスカッションには興奮した。長田幸康さんの司会進行で、福島香織さん、テンジン・タシさん、渡辺一枝さんがチベット暴動を中心にディスカッション。 今回は、なんといっても福島さんが加わったことが目玉であった。暴動の情報を直前からどのように得ていたか(これは面白すぎる話なのだが、自分のブログに勝手に書ける内容ではないので割愛)、北京に住む漢人の若者の間にはファッションとしてダライラマを信奉する人たちがいるとか、一般的な漢人にとっては政治的に優遇されている少数民族(昇進など建前上有利であるようだ) に対する理解は低く今後も平行線であろうことなどなど。テンジンさんは日本に住むチベット人として、一枝さんはチベットに深く入り込んだ日本人としての立場から当日のことなどお話があり、普段知りえない情報を知ることができた。福島さんは、ブログでの率直な物言いなど常々すごいなあと思っていたのだが、書いたものだけではなくお話しも率直で面白く、びっくり。最後に「政治的志向(実はもっと具体的に立場を表現されていた)は別に、事実をきっちりと伝えていきたい」という言葉があり、新聞記者としてプロ意識に徹していることを改めて知るのだが、それにしても綿密に観察(ご本人が『観察』という言葉を多様していたのが印象的であった)し事実を知り伝えることとはなんとリスキーなことであろうかと思うし、記者としてそういったプロ意識を持つ人は果たしてどのくらいいるのだろうかなどとも考えてしまった。おそらく、リスクを背負える勇気とともに真っ当な判断力や社会的なバランス感覚を持ち合わせていないと、社会の波に抹殺され生き残れないんじゃないだろうか。この人の書くものなら信じられる、と感じる。どうぞ、裏切らないで欲しいと思う(僭越ながら最近のご自身のブログで政治記者に対する考えを書かれていたので)。しかし同世代(多分)ながらあっぱれだなあ。当日仕事があり参加できなかったすみすみに話しをすると「実はどこかの大学のワンゲル出身なんだよ」という情報があり、 あらためてブログを読み返したら、トムラウシ遭難に関する記述があり、阪大ワンゲル出身であることが分かった。

27日(日)晴れ ヨーガ療法士の講義を受けに早朝から町田へ。再来年のヨーガ学会に論文を提出まで月1回の講義と、宿題、何回かに分けて論文提出を行う。6人ひとグループの班に集まったメンバーはみな既にヨガのインストラクターなどやっている人ばかりで、学ぶこと多し。今日は消化器系疾患のためのヨガについてと、11月に予定されている中間発表のデータ交換など。

2 September 2009

8月31日~9月4日の覚書

31日(月)曇りのち雨 雨とともに寒さが増してきた。8月も終りであることを実感。

1日(火)曇り 台風が通り過ぎ、空はさらに秋色に。会社帰りに紀伊国屋の南口店に立ち寄り。書店オススメコーナーを覗くと、私の心に刺さる文庫が3冊あり、まとめ買い。

2日(水)雨のち曇り 半そでで外を歩くと肌寒く感じるのだが、屋内は暑く感じることもあり。しばらくはカーディガンと半そでの生活が続きそうだ。

3日(木)晴れのち曇り 今年の夏休みは10月までとっておいた。インターネットで見つけたニュージーランドでのアルパインアイス講習に参加するため。そろそろ、ニュージーランドの準備をまじめに始めなければ。

4日(金)晴れ 先週のMJリンクで初めてお会いした久美さんに思い立ってトレーニングのお誘い。2日間だけ一緒に活動したのだけれど、この人と一緒に山に登りたい!という気持ちが強い。私が山にひとりで行くことが多いのは、単にひとりが好きというよりも、それがいろいろな面で(賛否両論あるかもしれないがここには安全面も含めている)合理的であると考えているから。直感的に久美さんとならそれを失わずにさらにお互いを高めていけるような気がする。プラス、そろそろロープを使った登山のパートナーが欲しいなあと思っていたという経緯もあり、こういう得がたい機会はモノにしなくては、なのだ。急なお誘いでもあり、今回は残念ながら予定が合わなかったが、翌週に行くことを約束。

ヒマラヤの大先輩でありチベット研究家の貞兼綾子さんから『チベットの歴史と文化学習会』のお誘いをいただく。案内の内容を見てびっくり!驚きの豪華キャストである。ニュージー出発前かつヨガの講義の前日でパニックの可能性もあるのだが、行くしかないでしょ。(以下、綾子さんの許可&リクエストを得てお知らせです!)
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<第6回チベットの歴史と文化学習会>
日時:2009年9月26日(土)18:15~21:15(開場 18:00)
場所:文京区民センター 3-A会議室
参加費:¥600 

1)特別講義「ヒマラヤ・チベット圏の氷河の変貌と地球環境」
講師:上田 豊(あげたゆたか元名古屋大学大学院環 境学研究科教授)

2)チベット報告「チベットで見た鉱物資源の採掘場」
お話:渡辺一枝(わたなべ いちえ 作家)

<休憩>

3)映像とディスカッション ~チベット問題を問う(I)~
発言者:福島香織(産經新聞 元中国総局記者)、テンジン・タシ 在日チベット人)、長田幸康(I love Tibet!HP主宰)、渡辺一枝 (作家 『ハルビン回帰行』著者)司会:藤田祐子

 参加お申込みページはこちら(http://www.tibet.to/gaku6/)

●主催:チベットの歴史と文化学習会 ●お問い合わせ: trb.gakusyuukai@gmail.com
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30 August 2009

MJリンク谷川岳

29日(土)曇り 午前中自宅マンションの定期点検終了後、大宮経由新幹線で上毛高原へ。MJリンク第二回山行が谷川岳天神尾根で行われるので、そのサポートのため。MJリンク第一回からお手伝いしているが、主催者である田部井淳子さんのエネルギーあふれる行動力とお人柄、ナビゲーターの柏澄子さんと安岡珠希さんの愛情溢れるお仕事ぶりに惚れている。

今回は水上の宿に前泊し、翌日曜日に山へ登る計画。西日本には前線があり、南からは台風が北上中なので、天気は不安定だが、現場の天気に合わせて臨機応変に対応することになるだろう。

上毛高原駅で前泊の参加者の方々と合流し、ペンションルグートンへ。毎回思うのだが、参加者の方は皆さん個性的で元気一杯である。関東周辺のみならず、遠く福島や奈良から来られる方々も。今回の宿は、天神尾根を下見した柏さんと安岡さんが、探し当てたという2月にオープンしたばかりのペンション。若いご夫婦の愛情が細部に感じられる、北欧スタイルの宿だ。センスの良さが随所に溢れていて、居心地がとってもいい。料理は独学というオーナーの手作りのコース料理も、地元の野菜をふんだんに使っていて美味。夕食の後は、思い思いの飲み物を片手に、自己紹介や今後の活動について語り合う。
今回スタッフとして一緒に参加した柏澄子さんのテレマーク仲間である中根久美子さんと部屋をシェア。人見知りな私が、彼女のさっぱりとした物言いや気配りに、すっかりリラックス。一発で大好きになった。

30日(日)曇り 手作りパンの朝食をいただき宿のバンで天神平のロープウェイへ。視界はあるものの、ガスで頂上は見えない。しかし、この気圧配置(しかも谷川岳)、雨が降らないのはみんなの日頃の行いが良いからに違いなく、幸先が良い。

2つの班に分かれて頂上へ。大勢で登ることで周りに与えるインパクトを考えてのこと。A班とB班の間は10分から15分くらいの間隔で行動する。私は田部井さんのB班をサポート。全体の動きを伺いながら、ゆったりペースで。しかし、歩きながらみな良くしゃべる。中でも20代の方は、元気が余っているようで歩きもリズミカル‥途中田部井さんから「走っちゃダメ」とたしなめられる場面も。先頭を歩いた私は、セカンドの雑誌編集者の方とお仕事の話や登山の話など。聞けば聞くほど、面白いお話が芋づる式に語られて、さすが、社会で経験を深めてこられた方は違うと感嘆。いろいろな経験を持つ女性たちが、こうして山を共通項に集まることができるのは、刺激的だ。

熊穴沢非難小屋で休憩。参加者の方から、トマトの甘納豆(?)をいただき、これが美味しかった。非難小屋から上部は岩場をいくつか越えて登る。岩を確かめながら上部へ。霧に包まれ、もくもくと頂上を目指す。下見のときは「怖いと思う人がいるだろうなあ」と思ったが、杞憂だったようだ。岩場の登りなどなれない体の動きは思いのほか体力を消耗するが、みな足取りがしっかりしている。

岩場の終了点となるザンゲ岩で休憩を取る。実は今回、男性が二人いらっしゃった。淳子さんのパートナーである政伸さんと、取材で同行されたカメラマンの新井和也さん。影のように自然に行動を共にしたが、政伸さんはA班とB班の間でそれぞれの状況を密かに教えてくださっていた。「A班は10分前にここを出発したよ‥」などなど。カメラマンの新井さんのご専門はお花。質問すれば、いくらでも花の名前を教えてくださる博識ぶり(お仕事中失礼しました)。ステキな男性とは、こういう方々のことを言うのであろう。出発直前にポツポツと雨の感触があり、雨具を着込む。

肩の小屋を経由して、頂上。頂上でゆっくり休憩していたA班と合流し登頂を喜び合う。全員で集合写真をとり、A班とB班のスタッフを入れ替えて下山開始。下山は疲れも出始めるので、足元を注意しながら下る。岩場の下りを心配したが、ここも、みなさん怖いといいながらも安定していてホッとする。予測したよりもスムーズに下っていると、ガスが上がり始め、笹の緑が美しい大斜面が目の前に広がってきた。振り帰ると下ってきた尾根も見える。後方のB班と手を振りあった。さらに、非難小屋からロープウエイ駅までは、さらに晴れ間が広がり頂上まで見渡すことができた。

無事全員が下山し、ロープウェイを降りて解散。次回が楽しみな、MJ山行であった。

25 August 2009

8月24日~28日の覚書

24日(月)晴れ 朝晩は随分と涼しくなった。今週1週間は一人目の上司が役員会のため海外へ出張中なので、気持ちは楽。お客様より問い合わせ対応に追われる。日本から本国への視察手配をしていたうち一人の方は中国籍。中国籍の方がスイスへ入国する場合、エージェントほか第三者が仲介してビザを取得することはできない。揃えねばならない書類も多く、いかにビザの取得が難しいかを実感する。

25日(火)晴れ 母校山岳部の会計資料引継ぎのため、口座や資料の確認など。9月はじめには引き渡しができるように準備しておきたい。週末不在となるため、不在者投票を済ませる。

26日(水)晴れ 南アフリカの山友から連絡。Facebookで見つけたから、と。近い将来に南アフリカに遊びに行きたいというと、具体的に何に興味を持っているのか教えてくれればいろいろと紹介する、家はいつでも宿泊大丈夫だよ、と即答。夢が膨らむ。

27日(木)晴れ 久しぶりにゴーヤチャンプルを食べた。夏のゴーヤは苦味が強く、体に良さそう。

28日(金)晴れ スペインの山友からメール。やはり今秋シシャパンマに行くことに決め、週末に出発だ、と。彼にとっては初めての8000メートルとなる。ぜひ無事に登って欲しい。体力自慢の彼なので、長期戦はとにかく無理しないように、無理するのはアタックの時だけにしてね、と伝えておく。私も、初7000メートル遠征の時、「無理しないよう、ただし、アタックの日は必死で頂上へ立つ事」というアドバイスを先輩の高所クライマーからもらった。この言葉は現場で私に力をくれたから、私も出発する山友に愛を込めて、言ったつもり。

谷川岳天神尾根(下見)

23日(日)晴れ 5時半に起床し大宮経由で水上へ。来週に予定されているMJリンク登山のお手伝いのための下見山行。久しぶりの谷川。学生時代は、5月の残雪を利用しマチガ沢で雪上訓練をするため毎年必ず1回は通っていた。卒業してからは、学生の合宿に何度か合流したくらいで、個人的に登りに来ることは、実はあまりない。

というわけで、天神尾根は下ったことがあるが登ったことがないので、スタッフの方々をより良くサポートをするため、個人的に下見が必要と考えてのこと。実際の下見はすみすみとたまりんのお二人が事前にしっかりされているので、安心。私は、息を上げつつトレーニング&尾根上の携帯の電波状況を調べながら、危険箇所をチェックしシュミレーションしながら歩くことに専念する。

11:05 ロープウェイ頂上駅下車。もっと早く到着するハズだったのだが、列車の乗り継ぎを間違えてしまいロス(おいおい)。幸い、天気は良く、ロープウェイ駅の広場から頂上までばっちり見渡せる。谷川の監視員と思しき方から「今から頂上ですか」と声をかけられる。お咎めを受けるのかと身構えると「天気が良くて朝は順番待ちで混みあっていたけれど、ちょうど渋滞もなく良いかもしれません」と一言。

11:15 ロープウェイ駅発。監視員の方に危険箇所などお伺いし、お礼をして先へ進む。熟年ご夫婦が歩いている。歩き方は速く山慣れしているようだ。木道の登りで「これは田部井さんの番組(趣味悠々)で出てきた場所よ、私覚えてるわ!」と奥様がうれしそうにはしゃいでいる。天神尾根が混みあっている理由のひとつは、もしかすると、田部井さん効果なのかもしれない‥などと思いながら、お二人を静かに追い越して更に先へ。

今回は休みなくノンストップで頂上へ向かうので、10分に1回携帯電話をポケットから取り出し歩きながら電波のチェック。岩場では、登る前と後で確認する。1417を押して、留守番電話サービスにつながるかどうかを見るのだ。全般的に天神尾根は電波状況が良いことがわかった(ただし、意外にも頂上から肩の小屋周辺(ザンゲ岩までの途中)は圏外)。危険箇所としては、トラバース道の鎖場、尾根上の岩場。くさりはしっかりしたものが着いているが、残置されたロープは古く頼らないで岩を確かめながら登るように伝えねばならない。すれ違う人たちはバラエティーに富んでいて、中高年の方々、20代と思しき若者グループ、5才くらいの子供づれなどなど。ガスがかかったり晴れたりしている。

12:33 トマの耳着。休む場所を見つけるのが難しいくらい人が多い。トマからオキまでは何度か通過しているので、割愛。万太郎方面の眺めが美しい。今度は向こう側から長い尾根を辿って谷川へ縦走するのも面白そうだなあ(暑さと熊対策が必要か)。
12:35 下山にとりかかる。先行パーティーが多く、順番待ち。下山は時間がかかりそうだ。すると、大きなザックを背負った大学生くらいの若者が上手に追い越しながら下ってきた。途中から私も彼の後について便乗しながら、早足で下山。まわりにいやな印象を与えずそそそっと上手に追い越すのも技術なのだ。

13:50 リフト乗車。ずっと行きたいと思っていた谷川岳山岳資料館へ立ち寄り、館長の八木原さんにご挨拶。八木原さんは、日本山岳協会の海外委員会でお世話になって以来、憧れの大先輩。岳人8月号(No.746)の備忘録に詳しいインタビューが掲載されているが、数々の名クライマーを輩出している群馬岳連を率い、93年の冬のエベレスト南西壁など数々のヒマラヤ遠征の隊長を務めてこられた雲の上の大先輩なのである。僭越ながら、いつもお会いするたびに親分とお呼びしたくなる風格。下々の者にも、ワケ隔てなく暖かい眼差しで迎えてくれるスゴイ方なのである。バスの時間まで資料を見せていただくが、もっとゆっくり読みたいものばかり。

15時のバスで水上へ。登山の後に良く立ち寄る水上駅前の中華料理屋で冷やし中華を食べ(これがうまかった!)、16:44発の特急水上6号で大宮経由19時半には新宿に到着。

<行程> 6:42新宿~7:26大宮(Maxとき)※越後湯沢から高崎へ戻り~9:14高崎~10:21水上10:26バス~11:05土合リフト乗場 11:15リフト頂上駅出発~12:33トマの耳着12:35発~13:50リフト頂上駅 バスにて水上へ移動 16:44水上駅(特急水上6号)~18:44大宮着~19:20新宿着 

<交通費> 新宿~水上JR新幹線利用 4,730円(乗車券2.940円 特急券1,790円) 水上~土合ロープウェイ駅バス 650円 水上~新宿JR特急利用 (乗車券2,940円 特急券1,300円) ※後で知ったのだが、JRのツーデイパスを利用すべきだった。

8月17日~22日の覚書

17日(月)晴れ 週末に踵がぼろぼろになってしまったので、新しいショートカットの靴を物色。エルブレスのとんでもない安売り靴(今まで使用していたメレルのショートカット靴は7,000円のSaleで購入したもの)を期待したが、今回はコレというSale品は出ていなかった。お店の人に相談すると、山歩きでショートカットは絶対にダメだと、売ってくれない様子。仕方なくショートカット靴では山に行かないので、とお願いしてためし履きをしたが、決め手になるものがない。帰宅後、山道具に詳しい友達にメールでお勧めのメーカーなどを教えてもらう。

18日(火)晴れ 登山研修所のミーティング用に事前に配布された分厚い資料を読む。

19日(水)晴れ 午後 登山研修所のミーティング。

20日(木)晴れ 山靴でサイズの取り寄せをお願いしていたところ入荷の連絡がありエルブレスへ。それぞれ試してみるが、今ひとつ決められない。仕方なく、新宿界隈の他の店に立ち寄り、いろいろと試してみるが、どれも決定打なし。

21日(金)晴れ 退社間際に父親からメール。母が実妹を呼んで夕食をとる予定なので、邪魔にならないように出かけるので、新宿近辺で夕食を食べないか、と。予定がないこともないのだが、親孝行のつもりで夕食につきあうことにする。思いがけず、いろいろと相談や話ができたので、良い時間となった。帰路、一緒に本屋へ遊びに行き、それぞれ勝手に本を物色。

22日(土)晴れ 5時に起床準備して待ち合わせの八王子駅へ。山岳部後輩の墓参のため、他のOBと待ち合わせ、福島県の三春へ向かう。首都高から常磐道は、週末の高速割引のため混雑が予測されたが、思ったよりはスムーズに動いていた。予定どおり、お寺へは13時に到着することができ、美しい蓮の花に囲まれた寺で、読経とともに祈りを捧げた。お坊さんの話は、本人の言葉を代弁しているようにも聞こえ、心にしみた。帰路は、都心に入ってから道路は混雑したが、車上では、普段聞くことのできない大先輩の山の話を聞くことができ、良い時間であった。8時過ぎには帰宅。翌日も、5時起き予定なので、早々に準備をして就寝。

16 August 2009

白馬でテント遊び‥(2日)

15日(土)晴れ ウィラーの格安バスは、通常の高速バスよりゆったりとし快適であった。長野を経由して、白馬をとおり終点栂池までのルートをたどる。4割くらいは女性で、長野駅で降りる帰省と思しき人たちを見送ると、バスの車上はゆったりして2シートをひとりで利用できた。登山者の比率は少なく、栂池で下車したのは5人程度。

6:27 栂池着 霧で山々は見えない。今回は、バスありきのテント遊び山行なので、調子を見ながら行程を調整する予定。バスチケットに付随していた栂池ゴンドラ券(往復券)で山頂駅まで。ゴンドラの下に広がる大シラビソには紫色のまつぼっくりのような実が沢山なっていて奇妙な光景が広がる。今年は5年に1度の実の当たり年なのだそうだ。ゴンドラに同乗していた係員の方の話で、大シラビソ=青森トドマツと同じであることを初めて知った(東北で見る青森トドマツはもっと背が低いので同じと思えない‥)。

7:10 山頂駅着。ゆっくりと準備をして7:38に出発。テントを入れて14キロの荷物はたいしたことはないが体が重く感じる。栂池からの入山は道も良く楽なはずなのだが、いつもしんどく感じるのはなぜろう。一気にゴンドラで高度を稼ぐので、体がなかなか環境になじまないのかもしれない。プラティパスのチューブで水分摂取に気を使いながら歩く。
9:39 白馬大池着 空が晴れてきた。白馬方面から来る登山者と合流し、小屋のまわりは混みあっている。ここまではまあまあのペースか。9:50出発、大きく白馬方面への登りとなるが、調子が良ければ朝日小屋もギリギリ射程内。

12:05 三国境着。ガスの間に晴れ間がのぞく。相変わらず体が重く、いつものような力が湧いてこないので、今回は白馬三山に決定。ゆっくりと水分と食料を摂取し、12:30出発。
考えたら栂池から白馬へ登るのは初めてであった。大雪渓、白馬主稜など他のコースからは何度も白馬岳に登っているのだが。栂池からの白馬はひときわ大きく、雄大さを改めて感じる。
13:08 白馬岳山頂。調子は相変わらずイマイチ。今日は白馬でテントを張ろうかな、と考えながら下りにとりかかる。
しかし、白馬のテント場は眺めがあまり良くないので、天狗まで行くことに決めて素通りした。

14:09 杓子沢のコル。美しいお花畑が随所に見られ、写真を撮りながらのお花見山行に転向。それにしても、白馬鑓ケ岳周辺のザレ具合は昔と比べて進んでいるように思える。
16:10 プラティパスチューブで水を飲みながら、休まず一気に天狗山荘着。逆コースの縦走では、白馬三山は楽なトラバースや下りが多いが、栂池方面からはボリューム感たっぷりだった。
16:20 残り少なくなったテント場の一角にテント設営。紅茶、お茶、お味噌汁とどんどん水分を摂取しながら、昼に食べようと思い持ってきたコンビニ弁当の余りを食べて夕食終了(ニオイと味を確かめながら食べたのだがあとで大変なことに‥)。

18:00 シュラフの上でウトウト眠っていたが、急に気分が悪くなり、小屋のトイレへ。吐けば気分がよくなる類のものだったので、無理やり一回戻すと、少しだけすっきりし再びテントへ戻る。しかし、倦怠感と脱力感が抜けず、しばらく寝るでもなくテントで横になる。

19:00 明らかな吐き気を感じる。ぼんやりした頭で、とりあえず雨具とヘッドランプとお金を引っつかんで、急いで小屋のトイレへ。が、間に合わず、テント場の端っこ(幸い登山道から外れて人目につかない草むら)に、全てもどしてしまった(ごめんなさい‥)。こんなことは初めてだ。夜テントの中で人知れず嘔吐し窒息する自分を想像し、あっさり小屋の素泊まりに転向を決める。小屋で状況を説明し素泊まりを相談すると快く了解のお返事をいただくが、「で、具合が悪い方はどちらにいるのですか?」と聞き返されてしまった。幸い全て吐ききって、調子は戻ってきているのだ。2階のベッドだったが、他に先客はなく、一人ゆったりスペースを使わせていただいた。快適で暖かい小屋で爆睡。いやな顔ひとつせず、快く対応してくださった小屋の方には心より感謝である。

16日(日)晴れ 4:00小屋では不帰キレットを越える登山者が起床し始めている。不帰から唐松経由で八方を下山しようと考えていたが、この調子では行く気なし。白馬鑓温泉経由で猿倉下山である。小屋の方にお礼をし、鑓温泉へ下山することをお伝えする。
ゆっくりご来光などを楽しみ、テントで朝食後パッキング。6:00テント場を出発。
すっとした空気の中で際立つ稜線の陰影が美しく、これが、後立山縦走の醍醐味なんだよなあ、などと思いながら歩く。
7:00 白馬鑓方面へ下りた大出原のお花畑でゆっくりと休憩する。ストックをしまい、下部の鎖場に備える。ここは案外と悪いので、緊張するところ。しかし、沢状に水流があるところはしっかりとした鎖が新しく付けられており、好天で乾いた岩を難なく通過。雨天は悪いだろう。
白馬鑓温泉はとても魅力的だったが、ここでお風呂に入ってしまうと一気に力が抜けそうなので、素通り。足湯発見。家族連れが数組テントを張っていた。

8:30 杓子沢着 手前に「崩壊が激しいため間をあけ速やかに通過するように」といった内容の看板あり。前を見ると、赤ちゃんを背負い、4歳くらいの子どもの手を引いたお母さんと、大きなザックを背負ったお父さんが歩いていたので、無事通過を見守ってから後を追うことにして、沢の手間でしばらく休憩。

落石が積み重なった沢を横切るが、上部が崩壊しひっきりなしに落石が落ちている。その先も、道幅の狭いトラバース道が続き、ちょっと間違えば数百メートル一気に滑落してしまう箇所もあり、恐ろしい。

数年前に友達たちを連れテント持参で猿倉から白馬鑓温泉を往復したことがあったが、崩壊が激しく変貌しているこのルートは、もう初心者を連れて行く気にはなれないな、と思う。

日差しが強いため、途中の沢で帽子ごと水で濡らし暑さ対策。巨大なザックを背負った学生たちとすれ違った。彼らは、余裕があるのか、最近の装備なのか、団扇でパタパタ扇ぎながら登っている。不思議な光景。基本的に行動中手が塞がるのはオススメできないと思うが、熱中症予防としは良いのかも。

11:10 猿倉着。鑓温泉への分岐には看板が立てられており、「崩壊が激しく危険な道となっていること」が説明されていた。

猿倉山荘でバスを待つ間カキ氷を食べていると、タクシーを乗り合わせて白馬駅まで行かないかと声をかけられた。4人集めるとひとり900円。同乗したご夫婦ははるばる大阪から。資料を綿密に調べ初めて北アルプスへ来たそうだ。大雪渓から二泊三日で鑓温泉を経由したという。いい顔していた。小屋泊まりも初めてで、驚くことがたくさんあったらしい。すごい冒険だっただろうなあ。

予定より早く白馬駅へ到着。みみずくの湯に入り、駅前に昨年新しくできたバンブーカフェで涼み、昼食をとり、14:38白馬発のあずさに乗車。南小谷発なので自由席でも座れるだろうとタカをくくっていたら、あやうく席が確保できないほど混みあっていてびっくり‥。新宿へは余裕の18:36に到着し充実した週末。


後日、もどした理由をいくつか考え、食あたりについて調べた。食べてから30分で反応があったので、食あたりでは反応が早すぎると考えていたのだが、毒素型のセレウス菌は食後ちょうど30分くらいで反応することを知った。


<行程> 14日(金) 24:00新宿(号)  15日(土) 6:27栂池着(ゴンドラ)~7:10栂池山頂駅7:38~9:39白馬大池9:50~12:05三国境12:30~13:08白馬岳13:10~14:00杓子沢のコル14:10~16:10天狗山荘TS 16日(日) 6:00天狗山荘TS発~7:00大出原7:20~8:30杓子沢手前8:38~9:45小日向のコル10:00~11:10猿倉 

<交通費> 新宿~栂池 6,500円(ウィラーバス片道+栂池ゴンドラ往復券込)、天狗山荘 テント 500円→素泊 6,500円、猿倉~白馬(乗り合いタクシー)900円、白馬~新宿(あずさ26号) 7,560円

10 August 2009

8月10日~14日の覚書

10日(月)雨のち曇り 昼休みの天気予報を見たら、温帯低気圧がいつの間にか台風に変わっている。雨の被害が各地で相次いでいるようだ。今年の夏はどうなってしまっているのだろう。天気図をフォローしても、数日でガラリと変わるほど変化が激しく先が読めないので、とりあえず先日見つけた格安のウィラーバスを予約してしまった。今週は雨になっても出発して、天気悪ければ散策&温泉アタックである。岳人9月号を編集部より送っていただいた。志津さんと考えたヨガのメニュー(P41~43)は、コンパクトにまとまっていて効果もあるパターンであったと自画自賛。それにしても志津さんのシンプルかつ的確な表現はうまいなあ、と思う。今号は、どの記事も読み応えがあり、行きたい山行もあり、夢が膨らんだ。最後の山岸さんがファミリークライミングツアーについて書いているのは和んだ。シリアスクライマーの山岸さんが、ファミリーでのツアーも大いに楽しめる感性を持っているところが素敵。亮子さんに教えてもらったのだが、山岸さんは、星を眺めながらギリシャ神話をみーちゃんに聞かせてあげるのだそうだ。かっこよすぎる!

11日(火)雨のち曇り お盆休みで東京に戻ってきた友達と食事。

12日(水)曇りのち晴れ お茶の稽古。月点前。本で予習をしていったが、本では分からない部分は仕方がない。韓国のジオンさんからメール、ヨセミテ、パキスタンの遠征から帰って、8月は日本で韓国人グループをガイドするという。時間が合えば、会いたいねと相談する。

13日(木)晴れ 妹と食事。7つ年が離れているが、最近は、親友に近いくらいなんでも話し合える関係になっていて心強い。率直に意見を交換できるのも、有難い。

14日(金)晴れ 今週末はやっと好天がやってきそうだ。テントを持って予定通りウィラーのバスで白馬に向かう。今回の山行は、バスありきの計画。とにかく8月中に、このオトクすぎるバスに一度乗ってみたいという理由。23:30に新宿センタービル前に集合なので、家でゆっくりと食事をし、お風呂に入り、簡単に掃除などしてから出かける余裕がある。楽しみだ。

2 August 2009

8月1日~9日の覚書

1日(土)曇り 日曜日日帰りの山行を検討するが、どこも天気がイマイチ。それでも、地図、天気図、バスの時刻表を見比べながらにちよあれやこれや検討するのは楽しく、今度はここに行こうあそこにいこうと思いが膨らむ。しかし、やはりこんな天気のときはやはり決定打なし。今週末は様子を見て家か。

2日(日)曇りのち雨 昼前から雨が降り出した。こんなときは、家のもろもろの仕事。ブログをアップしていたら、写真が添付できず、困った。特に、山の日記は写真なしじゃなあ。自分で調べられる範囲で手を尽くすも改善できず。グーグルヘルプに書き込みをしたら、すぐに返事が。状況を上手に聞きだしてくれ、3回程度のやりとりで原因がわかった。古いブラウザーでは対応できなくなっている、ということで、グーグルクロームへ乗り換え。これはグーグルの戦略であろうが、ブロガーを無料で使っている以上仕方ない。それにしても、週末の貴重な時間を親身にヘルプしてくださったPORTさんに深謝。

3日(月)曇り時々雨 勝間和代さんの手帳を使い始めた。この試みは面白く、毎日アドバイスのメールがPCに届き、日々の宿題が課されるというもの。しばらくハマリそうである。といいつつ、宿題をやろうと思ったら、眠くて眠くて寝てしまった。3日目にしてこれでは、三日坊主そのままだ。いくらなんでもひどいと反省。

4日(火)曇り一時雨 前夜21時に寝たのだが、朝もまだ眠かった。夜、週末の天気をチェックし地図をいくつか広げて週末の山行を検討する。いろいろとシュミレーションをしつつ、いくつかに絞り込む。計画を立てること自体が楽しくて、気づいたら夜中。

5日(水)曇りのち晴れ 週末は久しぶりに天気が良くなりそうなので、山行の計画は少し長めなものにしたい。ハマる可能性もあるので、金曜夜発で土曜行動、日曜日をバックアップでとっておかないと、まずいかも。考えているうちに、さらに計画が膨らみ、気が大きくなりすぎ反省。もう一度冷静に考えないと。

6日(木)晴れ ちょこちょこ週末の天気をチェックしていると、もっと西にそれるかと思っていた台風が少し北向きになり、週末も影響を受けそうな気配。富山よりも長野側の方が良さそうだが果たしてどうか。昼休み中に夜行バスを再度調べると、どの線も全て満席になってしまっていた。ムーンライト信州号も満席。

昨晩、ヒマラヤの大先輩でありチベット研究家の貞兼綾子さんより、パートナーであるカメラマンの明石太郎さんらが30年にわたり撮りためたドキュメンタリー映画『平成熊あらし』上映のお知らせをいただいた。最近のひとりの山行で熊のことが気になっていたため、これは絶対に行かねばと思い見に行く。「近年、人間と熊の領域が曖昧になり下界での熊の被害が大きくなっている。マタギによれば、自然の変化は昭和35年頃からの高度成長期を発端に見え始めたという。マタギの熊狩りは、禊をして山に入り命に感謝し与えられた熊をすべて大事に使い尽くす狩猟行為。それにより、熊も人間も学びあいお互いに均衡を保ち畏怖しあう存在であった。現在熊狩りの数は減り、開発によって破壊された自然の中で食料が豊富に手に入らなくなった熊は里に降り、人間の怖さもしらず近づく。熊を教育し山に帰す手助けや調査を続ける活動家たち。それでも、危害を加える可能性のある熊は駆除しなければならない。改めて熊と人間の関係をどう作っていくのかが今問われている。」マタギによれば、熊(ツキノワグマ)はひっそりと山の中で暮らしたいはずだという。冬眠しなければならない特殊な生態を持つため、餌がなくなればやむなく人間の住処に近づいて餌をとらざるを得ないが、本来は怖がりな性質を持っているのだ、と。登山者としては、彼らの領域に入るときには、少なくともこちらから音をさせて存在を知らせてあげるしかないのだろう。声も有効であるようだ。実際の熊の動向を実際の映像で実感でき、勉強になる映画であった。

夜、家に帰るとモンゴルの女性登山家ガンガマーからメールが来ていた。タバンボグトのガイドから帰ってきたところだという。5月にはリーダーで、エルブルースに行ってきた。来年も行くから行かないか、と。ガンガマーは大家族に生まれ、幼少時は羊の世話をしてきたと言っていた。一昨年一緒に登ったときは、羊を扱いなれた人らしいリーダーシップだなあ、と思う場面に出くわし面白かった。体力と根性があるとはいえ、小柄な女性。米国人の大男をつかまえ「ほら、右に行って、そこは左。早く!進んで、進んで、進んで!」と数少ない英語のボキャブラリーを駆使して、物怖じせず後ろから声を飛ばす姿は、羊飼いの少女のようだったのだ。

週末山行の交通手段を検索していたら、ウィラーが売り出している山バスを見つけた。8月限定だが、なかなかリーゾナブルで利用価値大。山バス以外でも上等なシートを使ったビジネス車両を売り出すなど、先駆的な試みを行っているようだ。期待度高し。もっと早く気づけばよかった。

週末山行は、一泊二日でバスの予約を入れた。

7日(金)晴れのちスコール 朝から、週末山行のシュミレーションを繰り返す。何時までにどこにいて、間に合わなかったらこうして、などとぐるぐる考えながら出社。がしかし、昼にパソコンで天気図を検索したら、なんと前線が出現し、本州のちょうど北アルプス辺りを縦断するようにつながっている!あらら。富山よりも長野や新潟の方が天気予報は悪そうで、降水確率が上がっている。台風の影響もあるだろう。雷雨と落雷の可能性が大きい。うーん、今年の高気圧は弱すぎる。本来なら、ビシっと高気圧が張り出して、台風を追いやるくらいでなくちゃいけないのに!東京周辺はかろうじて、晴れか。

帰路、携帯でピーク別の予報を見比べて検索。日曜日の方がどちらかというと安定しそうな気配。どうしようかと悩みながら新宿駅に着くと、いきなりの土砂降りと落雷。どこも大気は不安定。出発するのは見合わせることに決め、バスをキャンセルした。お金もかかることであるし、良い天気を選んで思う存分楽しめる状況のときに出かけよう。

8日(土)曇り 今週も家で雑事。近郊の山に行く気にもならず。

9日(日)曇りのち雨 家で雑事。家でいろいろとやることがあるので、普段できないことをまとめてやっておく。これも、次回山行前の投資と考えられるかな。

28 July 2009

7月27日~31日の覚書

27日(月)晴れ時々雨 週末の山行でとうとうイカレテしまった雨具を買い替えに登山道具店巡り。7年使い続けてきたお気に入りのモンベル製品と同じものを探すが、売っていないようだ。他の雨具を物色。値段が高い割に、気に入ったものが見つからない。あきらめて帰宅。

28日(火)曇り時々晴れ 現在冬である南半球のパンデミックフルーがすごい勢いで勢力を拡大しているらしい。10月に南へ行く予定を立てているので気が気ではない。外務省の通達等々どこで行くか行かないかの線引きをするか悩んでいる。退社時に上司である総務部長に「南半球のインフルエンザの流行には参りました」というと、「現時点では普通のインフルエンザ程度の症状なので、ひどいことにはならないんじゃないか」と意外な返事。「それでは総務部長のお墨付き、ということでよいのでしょうか」と冗談をいうと、笑ってかえされた。帰り、またまた新宿界隈で雨具を物色。南口のエルブレスでやっとORの気に入ったものを見つける。値引きもされていて、なかなかうれしい。エルブレスのウエアコーナーは、たまにとんでもないセールをしていることがあるので、ときどき覗く。玉石混合なのも面白かったりして。OR(Outdoor Research)のウエアも、他ではあまり見ないような‥。

29日(水) 曇り時々晴れ 航空券の手配をお願いしているエージェントに南半球のパンデミックについて外務省など他情報詳細あれば教えて欲しいとお願いしたところ、結果的にこれだけ拡大してしまうと日本政府としても通常のインフルエンザの扱いと同じにせざるをえない(現時点で深刻なものではないので全てを検閲する手間はかけられない)ということのようである。通常のインフルエンザと同等扱いと考えられるようだ。 週末の山の計画を立てる。アルプス方面にバスで行くには、さわやか信州号か中央高速バスが便利だが、さわやか信州号はアルピコグループの意図が見えるようで、少々興ざめ。降車場が、次の交通網に直結しているというのがあまり美しくないというか。その点、中央高速バスは、来るもの拒まず去るもの追わず、交通手段という立場に徹したさっぱりとした立ち振る舞いに、紳士的な美しさを感じるのである。え、こんなところでおろされちゃうの、という場所もあるが。

30日(木) 三宅島出身の会社の人とくさやの話になる。お酒と一緒に食べたことがあり、結構好きだけれど焼くのは大変そうですね、と言ったらなんと、早速焼いたくさやをジップロック二重パックで持ってきてくださった。感謝。夜、山友のすみすみと神楽坂で食事。お誕生日のお祝い、夏山の話などなど。最近神楽坂の開拓を目指す二人。初めて世喜を予約。カウンターに一見の女二人でも、美しい佇まいの女将と若い女性の給仕に囲まれ美味しいお酒が飲めた。手ごろなのも良い。すみすみがお勧めの本「冒険の蟲たち」(溝渕三郎 興田守孝 長篠哲生著 白山書房刊)を貸してくれた。二人の間に置いていたら、給仕の若い女性から「見せてもらっていいですか」といわれ、びっっっくり。1970年代の写真を見て「かっこいー」を連発‥。おじさまたちがいらっしゃったら、さぞかしよろばれるだろうね、と話す。それにしても、すみすみは同年代ながら、フリーランスのライターなどなど仕事ぶりすばらしく学ぶこと多し、なのである。2件目のバーでは、ハイマツの香りを思わせるジンで涼む。次回は、お勧めのモヒートを頼んでみよう‥。

31日(金)お茶稽古。茶箱手前の雪と花。今回はテキストで予習ができる課題なので、会社の昼休みを使って何度かシュミレーションしておく。テキストではわからない、仕覆の紐結びは曖昧なまま。稽古中に教えていただくことができ、やっとお手前がつながった。前回よりはだんぜん努力して望んだつもりだが、紐結びでひっかかり先生は残念そう。友達と、次回の月の手前はがんばろうねと言いながら帰る。

26 July 2009

上高地ラウンド縦走(日帰り)

26日(日)雨ときどき曇り 前線の張り出した天気図はどうみても天候が不安定なのだが、ピーク別の予報を見てみると、穂高周辺は雨が夕方から予想されていた。東京周辺のピークであれば問題なく晴れ。しかし、標高高めの山に行きたいという気持ちを優先することにした。

前夜23時発のさわやか信州号に乗車。今回ははじめてグリーン車に乗ってみた。さすがに年齢層は高めかな。リクライニングの大きめのイスはまあ快適であるが、通常シートより2,500円分の価値があるかどうかはギリギリの感じ。ペルーで乗ったリマ~ワラス間ベンツバスの皮製イスの快適さを考えると、日本の長距離バスの改善余地はまだまだあると思う。

5:40に上高地着。外へ出ると霧雨であった。状況にあわせて判断するしかないので、いけるところまで行動することに決める。センターで登山届けを提出。係りの方に初めて登る重太郎新道の状況をたずねてから6:00上高地発。

7:50岳沢の小屋跡の分岐点で休憩。雨は小降。重太郎新道へ入る。人はいないので、去年秋の栂池から持ち歩いている熊の鈴を鳴らしながら歩く。上高地まで熊が下りてくる話や、知人の事故を考えても、熊は単独行動中の怖さの一つだと思う(同じ時期に山に行っていた友達は大きなカウベルを持って山に入ったと聞いたが良いことだと思う)。少なくとも、こちらから存在を知らせてあげるのがマナーであるような気がする。

重太郎新道の上部は鎖や梯子がかかっており、急な岩の斜面が続く。先週の疲れもあってか、思うように高度を稼げず、天気も手伝い気持ちが萎えてくる。現状のペース配分と、目標タイムを常に照らし合わせながら進むが、今日のペースでは当初の予定は無理そうだ。こういうときは、無理しない。あっさり前穂ピストンかな、とぼんやり考えながら進む。途中、下山してくる韓国人パーティーに2組とすれ違った。韓国では穂高の人気が高いと聞いていたが、比較的マイナーなトレイルで2組に会うくらいだから、相当なものであろう。

前回の反省を元に、プラティパスのチューブを持参。岩稜歩きを考えて、ストックは持参せず。筋肉痛に備えてアミノバイタル4包を時間差で投入しながら歩く。カメラはカメラカバーに入れすぐに取り出し可能なので、余計な時間を食わずに済む。と、効率化はしても、小雨の中急な岩稜をひとり黙々と登るのは、少々気が滅入ってスピード上がらず。

10:00前穂と吊尾根の分岐に到着。この時点では前穂ピストンと考えていたので、前穂へ向かって登り始める。歩きながら、当初計画していた奥穂経由 上高地までのルートを行ったらどうなるだろうか、と頭で最終のシュミレーション。と、今の時点で切り替えればギリギリなんとか歩ける(かもしれない)計算が成り立ってしまった。ちょっとだけ追い込んでがんばらねばならないが、行こうと決める。そうと決まれば、前穂は割愛し、さっさと吊尾根へ転向。雨の中3000メートルの稜線を歩くこと、上高地発4時のバスを既に予約していることなど、予定どおりに進まない場合も同時に考える。ひとりでなければ、こんな切り替えはできないだろうなあと思う。残雪期に順ずるウエアとツェルトを持参していること、バスを逃した場合はあきらめること、という理由で決定。 とりあえず、稜線の風に煽られる前に、持参のフリースとネックウォーマー、手袋を着込んで防寒対策を整える。

不思議なことに、ラウンドを決めた後はなんだかウキウキして、疲れていた自分の体が軽く感じられてきた。どうも、自分はこういうのが好きみたいだ。

ここからは、ノンストップで上高地を目指すことになった。

奥穂高岳には予定の10分遅れで10:55に到着。飛騨側から吹き上げる風と雨はけっこうきつくなってきた。11:10穂高岳山荘通過、ザイテングラードへ下ると風は止み雨も小降りになる。

残雪が切れ切れに残っており、持参した軽アイゼンを着けるほどではないのだがストックを持っていたらよかったと思う。登ってくるグループが大勢いるので、ガレや岩場では順番待ち。涸沢の手前で雨は一時止んだ。12:20に涸沢小屋前通過。

テント場の間を通り過ぎ、ここからは学生時代を思い出しさらにスピードアップに励む。横尾までは1ピッチ強で歩いた記憶があるが、どうだったかな。追い込んでいく感覚が、面白い。帰りの切符を予約しておくのは、自分のようなぐうたらなタイプには良い方法なのかも。バスに間に合わなかったら、判断ミス、体力の無さなのであり、ペナルティーのようなもの。ゲーム感覚でトレーニングができる。ひとり遊びには、うってつけだ。次回からは積極的に帰りのバスを予約してしまおう、などと考えながら歩く。

しかし、思っていたよりも時間がかかり14:00横尾着。ここも素通りして、徳沢へ。平坦になるので、走ることができれば確実に時間短縮ができるが上高地まで走り切る自信はなく、パワー全快で早歩き。16:00の上高地発バスに乗り込むためには、出発15分前くらいには到着していたいが、かなり厳しいことが予想される。横尾~徳沢、徳沢~明神、明神~上高地がそれぞれ40分で歩ければぎりぎり2時間であるから、最初の徳沢までの様子で、最後を走るか決めねばならない。
 
14:35徳沢着。がんばって急ぎ歩きをしてもこんなものである。気持ちの良い草原にテントが並んでいる。徳沢で休むのがいつも楽しみなのに‥などと考えたら、ここで、足の動きが鈍くなってきた。何か食べれば楽になる気がするが、ここでの5分は大きな損失。悩んだすえ、徳沢をとおりぬけ少し進んだ辺りで、思い切って立ったままザックから大福を2個、牛乳パックを取り出してほおばった。暑くなってきたので手袋もはずす。すると落ち着いて、歩きを再開することができた。

歩き始めて少したったころ、食べ物を摂取したせいか、内臓に血流が集中しているのを感じる。さっきまで暑くて手袋をはずした指が冷たく感じられるようになったからだ。消化が血流を多く使うということを実感する。ヒマラヤの高所キャンプで、流動食(ベビーフード)を利用するという竹内洋岳さんの考え方などは理にかなっていることなんだな、とぼんやりと考えながら歩き続ける。しかし、一方で大福を食べて10分くらい経ったころから、歩きのパワーは確実に上がり楽になってきた。思い切って食べたのも正解だった(ただし、時間に間に合えば‥)。

15:20明神着。通り過ぎて、ラストスパートの上高地を目指す。バスの時間までかなりぎりぎりなので、ここから下りに走りを入れる。熊の鈴をはずす余裕がなく、そのままリンリン鳴らしながら走ってしまった(ごめんなさい)。

小梨平からは、スパートをかけてバスターミナルへ。ここから案外距離があるので、ドキドキするが、なんとか10分前にターミナルに到着。乗り込むバスを見つけ、ビショビショのウエアを着替えることもでき、出発5分前にバスに飛び乗ったのであった!


<行程> 25日(土) 23:00新宿(さわやか信州号)  26日(日) 5:40上高地着6:00~7:50岳沢ヒュッテ跡8:00~8:47カモシカ立台8:55~10:00前穂と吊尾根の分岐(前穂割愛)~10:55奥穂高岳~11:10穂高岳山荘~12:20涸沢小屋~14:00横尾~14:35徳沢~15:20明神~15:50上高地 16:00上高地(さわやか信州号)~22:00新宿着

<交通費> 新宿~上高地(さわやか信州号 グリーン車)8,500円、上高地~新宿(さわやか信州号)6,000円

22 July 2009

7月21日~25日の覚書

21日(火)雨のち曇り 朝起きたら筋肉痛は軽くホッとする。 会社のお昼休みに筋肉痛の話をしたら、年齢を考えると、翌日ではなく翌々日に出るのでは?などといわれる。そうかも。

22日(水)雨のち曇り 朝起きたら猛烈な筋肉痛。動きが不自然で会社まで到達できるのか。やっぱり、年齢には勝てない。よっぽど痛み止めを飲んで出社しようかと思ったほど。代わりに今更ながらアミノバイタルを投入。帰り道に気になったカイロプラクティックの病院へ飛び込み。半年前から気になっている首の痛みを見てもらう。ソフトカイロとのことで、Oリングを利用しながら、ちょっと押したりするだけなのだが、不思議なことに、まわらなかった首が回るように。直感を信じて飛び込んだが、案外良かったかも。皆既日食に関する番組で持ちきり。

23日(木)曇りときどき雨 勝間和代さんセミナー最終回。今回は人生を戦略としてとらえるための方法について。戦術ではなく戦略という概念に目からウロコ。

24日(金)曇りときどき雨 夜母親とディナー。お互いのアクセスが良い場所ということで、恵比寿に決定。いろいろ考えたが若者向けの店かお酒メインの店が多い中、昔からある御鮨屋に入る。二人ともお酒は好きだが量は飲めない。つまみながらビールで、ゆっくり話しができ楽しい時間を過ごす。食後もコーヒー屋で話の続き。昔のウェッジウッドのカップが美しく、イギリスにまた行きたいねなどと話をする。後で父親から電話があり、恵比寿ならもっといい店がいっぱいあるのに、といわれる。恵比寿に詳しい友達に今度聞いておこうとおもう。

25日(土)晴れ 山の天気と地図を見合わせながら山行を検討。先週からの超回復を見込んで今回も標高差のある長いトレイルを歩きたい気持ちが強い。日曜日の東京周辺は晴れなのだが、どうしてもアルプス周辺に目がいってしまう。しかし、北アルプス方面は雨マークが入るエリアが多い。南部の穂高エリアは夕方まで曇りの予報が出ていて崩れるのが遅めのようだ。足となるバスの空き状況との兼ね合いもあり、案外計画立てるのは時間がかかる。最終的に上高地からの入山に決定。新宿発23時のさわやか信州号を予約。今回はじめてグリーン車を予約してみた。妹は実家へ隅田川の花火が見えるかどうか確かめに行くらしい。

扇沢ラウンド縦走(日帰り)

20日(月)晴れ 昨晩のハイウェイバス最終便で松本まで移動、じゃらん最安値で出ていた駅前のホテル飯田屋を初めて利用(一泊4,200円)。以前はステーションビバーク平気だったが、最近は快適に眠る方を優先。駅から歩いて1分という好立地を考えると、お値打ちであり、部屋もまあまあ。スタッフの対応も紳士的で良い。気になったのは、壁に掲示されていた「あずさ回数券割引」の文字。片道6,710円を5,000円で販売するというもの(のちのち役に立つこととなる)。

朝食をとる時間はないので、5時に起床し、外へ出ると思ったよりも雲が厚くがっかり。コンビニで食料を買い込んで6:01分の大糸線で信濃大町へ。

思いつきで来てしまったので、帰りの電車の予約などは無し。信濃大町で掲示されている電車の時刻表をちらりと見て、スーパーあずさ20:00という文字を確認し、20時までに信濃大町へ戻ればOKね、と早合点(のちのち手痛いしっぺがえしとなる)。

信濃大町の駅前に待機しているバスに乗り込み扇沢へ。簡単に準備をして8:00に歩き始める。日差しが強くなってきた。期待したとおり、夏らしい空。針ノ木峠までの時間でピストンにするか縦走にするか決めるので、ただひたすら高度を稼ぐ。大沢小屋を通過し、しばらくすると針ノ木雪渓が見えた!
これこれ、青い空と雪渓と緑のコントラスト。夏はこれでなくちゃ。雪渓手前の沢で休憩。持ってきたタオルを沢の水で濡らし、帽子のまわりにまいて熱中症対策。日焼け止めも塗っておく。雪渓に入り、高度を稼ぐ。軽アイゼンを持参したが、ショートカットのトレッキングシューズで快適に登ることができる。途中、追い越したり追い越されたりのちょうど良い競争相手(?)と一緒になり、さらに加速しつつ峠を目指すことができた。峠には10:30分に到着。扇沢から2時間半でコースタイムのちょうど半分だったので、予定どおり縦走続行を決める。

峠でしばらく休んでいると、雲と風が出てきた。まわりのひとたちが、天気が下ってきたので早く下りようなどと話をしている。10:50、若干不安を感じつつ針ノ木岳へ。学生の頃に後立山縦走の基点に同じコースを歩いたが、思うより距離が長く感じられた記憶がある。おそらく、ところどころ岩の稜線があり、それほど早く歩けないためかもしれない。
11:30 針ノ木岳着。雲が厚く広がってきた。今回は、ザックの肩に付けていつでも取り出せるようにしているカメラカバーを忘れたため、カメラをザックから出さねばならず、時間をくう。また、歩きながら水を飲めるプラティパスのチューブも忘れたので、休憩中に水を取り出す必要があり、これも非効率だ。こういう装備では、1時間歩いて10分休憩のパターンが合理的であることが良くわかるが、先を急ぐ山行の場合は不向き。実質6時間歩いたら、プラス1時間は休憩にとられてしまうことになる。今更ながら、こういうちょっとしたアイテムがけっこう大きく影響したりするものだと実感した。長谷川カップのときにも既に同じことを考え装備を改善したのだが、普通の山で意識し応用していなかった。トレイルランはいわゆる縦走とは別ものと捉えていたという感じ。次回の山行からは改善しよう。

12:00 スバリ岳着。ほとんど人に会うことがない。北アルプスでありながら、静かなのも魅力か。
13:15 赤沢岳着。岩の稜線はなかなか時間が稼げない。特に下りでは、慎重になってしまい鈍すぎる。怖がりの自分は悲しくなるほどなのだが、怖いものは仕方がない。5月に遭難した、憧れのクライマーである伊藤達夫さんらのことを思いながら歩く。今回は出発前から、何故か彼らのことが気になっていた。どの辺りであったろうか、と考えながら進んだ。場所を想像し勝手に手を合わせたりして歩いた。
14:00 鳴沢岳着。頂上には先客がいた。正しくは、途中のハイマツからポリタンクを抱えて人が上がってきた。近くに水場でもあるのだろうか。玄人好みのアライの黄色ザック。風貌はワンゲルか山岳部といった感じ。記録を細かくとっている。「どこまで行かれるのですか」と声をかけると、「今日はここまでです」という。「明日はどちらまで」と聞くと「下山です」という。不思議だなあと思いながら観察する。GPSと資料を見比べながら、記録を細かくとっている。「どちらかのクラブの方ですか」と聞くと「京都府立大です」と。ああ、やっぱり。何か予感どおりだと思った。 
伊藤達夫さんの記録などを拝見していて憧れていました。と話をさせてもらった。途中手を合わせたりしたことも話した。それにしても、ひとりで、テントを背負って、細かい事故記録を作っている姿には頭が下がる。これは本当に大変なことで、真似できない。淡々と誠実に言葉をつなぎ合わせるといった感じで、事故のことなど記録を見せて説明をしてくださった。どこで、誰が見つかったかも教えてくださった。その場所で手を合わせてあげてください、と。まるで、研究者が細かい調査を積み重ねているといった印象であった。お礼をし、先に進む。15:08 岩小屋沢岳を通過し、写真撮影。飴、水を取って先へ。16:20 種池小屋着。周辺は熊が喜びそうなハイマツ帯が広がる。バスの時間には間に合わないので、小屋でタクシーを呼んでおくことにする。小屋の方は快く対応してくださる。予約料1、000円だが、乗車すればその分が相殺されるそうだ。エネルギー切れを感じ始めたので、一気に下山する前に腹ごしらえ。パン2個(600円)を購入し、暖かいミルク(500円)をいただく。
下山ではかなり足が疲れ始めていて、スピードは上がらず。扇沢に下山したのは18:40であった。

タクシーに乗車し、信濃大町までお願いする。四方山話などし、しばらく乗車したところで「どの電車に乗る予定ですか」と聞かれたので「20時のスーパーあずさです」と答えると、それは無理との返事。「20時のスーパーあずさは信濃大町には止まりません。20時松本発です」と。やってしまった。いろいろと方法を考えたが、3連休最後の日でもあり、翌日早朝に東京に到着することも危うく思えてきた。「松本まで飛ばせば、20時10分前ころに到着できる」と言われ、「それでは、松本まで」と、泣く泣くお願いすることとなったのであった。

信濃大町までのタクシーも痛いと思っていたのに、結果扇沢から松本までのタクシー代はなんと13,400円‥。信じられない散財をしてしまう。松本には19:50分着。タクシーを降りた時点で手元にあった所持金は5,000円。これでは、あずさに乗れないので、とにかくコンビニへ走りお金を引き出そうとするも、自分のカードは対応時間外との表示が‥。思いついたのは、宿泊した飯田屋の「あずさ回数券5,000円」。速攻で、猛ダッシュをかけ、なけなしの5,000円でチケットを購入し、あずさに飛び乗ったのはなんと出発2分前であった!


<行程> 19日(日) 21:00新宿(中央高速バス)~23:45松本  20日(月) 6:01松本(大糸線)~7:01信濃大町 7:10信濃大町~7:50扇沢 8:00扇沢~8:35大沢小屋~9:50針ノ木雪渓出合~10:30針ノ木峠~11:30針ノ木岳~12:02スバリ岳~13:15赤沢岳~14:00鳴沢岳~15:08 岩小屋沢~16:20種池小屋~18:40扇沢

<交通費> 新宿~松本(中央高速バス)3、800円、宿泊費(飯田屋)4,200円、松本~信濃大町(大糸線)650円 信濃大町~扇沢(路線バス)1,330円 扇沢~松本(タクシー)13,400円、松本~新宿(あずさ)5,000円

13 July 2009

7月13日~19日の覚書

13日(月)晴れ 柏澄子さんからMJリンクの次回山行のお知らせをいただく。田部井淳子さんを中心に、20代から40代の女性のための山登りサークルのサポートのお誘い。第一回の那須岳からお手伝いをさせていただいている。田部井淳子さんの暖かいお人柄とパワーはあこがれだが、直接ご一緒してすごさがさらに良く理解できた。スタッフの柏さん安岡さんの細やかな心配りには学ぶことが実に多い。このような体制の中で山に行く参加者の方々は山の入門として貴重な経験をされていると思う。今回もお手伝いさせていただくことを即決。

14日(火)晴れ 昼のニュースで梅雨明け宣言。日差し強く蒸し暑い夏だ。

15日(水)晴れ 三連休の山行について下調べ。縦走したいが天気次第。

16日(木)曇り 帰路、花屋でアナナスを見つけ、あまりの美しさに悩んでいたら、なんと偶然にも妹が同じ花屋へ友達の誕生祝の花束を買いにきた。優柔不断な私を見かねて、良いと思ったら買ったほうがいいよとアドバイスを受けゲット。水遣りが少ないので、私でも育てられるかな。それにしてもきれい。

17日(金)雨のち曇り お茶の稽古。卯の花の手前。茶箱を使った平手前だが、久しぶりの手前に、私も友達もぼろぼろ。茶箱の基本手前なのに、これはどういうことか、と先生はご立腹であった。次回は雪の手前をすると予告あり、予習は必須である。

18日(土)曇り 三連休予定していた山行は後立山を予定していたが、天気予報を見る限り楽しめるとは到底思えず。他に候補の山域地図を眺めつつ天気をチェックするが、どこも雨でモチベーションは下がる。かといって、近くの低山へという気持ちに切り替えることもできず、地図と天気予報を見ているうちに時間が過ぎる。

19日(日)曇り 20日の晴れが予想されるので、ばたばたと夜行日帰りの準備。夏の高山の空気を感じたい気持ちは抑えられず、扇沢から針ノ木雪渓を経由して爺ケ岳手前の種池小屋から扇沢のラウンド。ただし、突っ込むと途中からエスケープできないので、針ノ木峠までの時間によって、ピストンかラウンドか決めることとしておく。少なくとも、コースタイムの2分の1くらいで到達できなければ。高速バスの最終便に飛び乗って松本へ。

5 July 2009

7月6日~12日の覚書

6日(月)雨のち曇り 夜スペインの山友とメール。彼は秋のシシャパンマを予定していたが、コンディションがあまりよくないので参加を検討中。家の裏にある岩場の写真を送ってくれた。早く遊びに来い、という。家の近くにこんな良い環境があるとはうらやましい。去年一緒に登ったペルーのチョピカルキ峰では体力あり順応良く、あおられっぱなしであった。聞いてみたら毎日昼に水泳、夜にランのトレーニングをしていると言っていた。5年前のコスクラック峰では私の方が強かったのに。去年は年のせいにしたが、地道な努力に敵わないのは当然なので、自分の努力不足。

7日(火)晴れ 久しぶりの晴れ。太陽はいつの間にか夏の日差しに変わっていた。めずらしい方から2件のメール。1件はムスターグ・アタで出会った英国のカールと数年ぶりの連絡。彼は今も年に1回は「冒険」してるけど、あとは子育てに追われているとか。もうひとつ、数年前に富士山のトレーニング中に出会った元気なお爺さんのお孫さんからメール。お爺さんとの会話の中で富士山の途中で出会った私の話が出て、ネットで探し当ててくださったそうだ。今年はお爺さんと一緒にお孫さんも富士登山を計画しているそうだ。美しい切り絵を作る山好きのお爺さん。お孫さんと繋がるとはびっくり。ブログをやっていたお陰か。

8日(水)雨 なんと役員の上司から「今年の夏休みの申請はいつにするのか」と確認あり。切り出すタイミングを悩んでいたところなので、10月の取得を考えているが、調整可能かお伺いを立てる。10月の展示会がキャンセルとなったこともあり、OKの返事。現在の上司も、2年前に交代した以前の上司も、調整できる範囲で休暇を快く承諾してくれる得がたい環境。仕事は仕事、プライベートはプライベート、と両方とも大事であるという価値観。こんな会社はおそらくあまりないだろうと思う。恵まれているのだから、無駄にしてはいけない、と自分を反省。 よりがんばらねばいけない。

9日(木)雨のち曇り 夜、岳人9月号掲載予定のヨガの原稿を書き上げて編集部のFさんとIさん、志津さんあてに送付。字数が決まっているので、その中にまとめるのは案外難しい。原稿を送るときは、いつもドキドキ。

10日(金)曇り 母校山岳部で行われる年一回のOB総会へ。現役の活動が活発であれば、会費の出費は多くなる。学校から補助金が出るわけではないので、全てOB会費によっている。10年近くやってきた会計の係りを今回で交代してもらうことになった。後輩に、と思っていたら、なんと大先輩が交代してくれることに。恐縮。古いOBの話は面白い。2月の剣に早月から頂上までテントを上げ、長次郎を首まであるラッセルをしながら下り六峰Cフェースを登った話。本当に2月だったのか、とか、本当に首まであるラッセルをして沢を下ったのか?とか突っ込み所満載の信じられない武勇伝である。

11日(土)曇り 野暮用にて家で作業。

12日(日)曇り 野暮用にて家こもり、夕方都議選の投票へ。投票率良く、動きが出そうな気配。

2 July 2009

7月1日~3日の覚書

1日(水)雨のち曇り 上半期が終わり今日から後半戦。毎年7月1日には会社の全体集会が開かれて、景況と会社業績などなど門外不出マル秘情報の説明を受ける。今年は本当に厳しい状況が予想され、耳の痛い話もあったが、何事も改善し良い方向へ変化させていくしか道はない。真っ当な判断力を基準に、日々の波に動じることなく淡々と誠実に仕事をこなしていくこと。そうありたいと思うが、なかなか難しい。幸い、ロールモデルと信じる女性の先輩がいるのは、実に幸せな境遇であると思う。長年学ばせていただいているが、裏切られたことは一度もない。判断に迷ったとき、この人ならどう対応し考えるだろう、といつも参考にさせてもらっている。

2日(木)雨のち曇り 夏休みの仕事調整。今年は可能なら夏休みを秋までもちこしたいと考えている。周りとの仕事調整がスムーズに運ばないようだったら、すぐあきらめるつもり。ひとり目の上司に相談すると、第一希望のシーズンはさすがに渋い顔。第二希望であれば調整付きそうな雲行き。そのためには、さらに上の上司に相談せねば。休みの調整は言い出すまでが一つ目の関門。帰りに、いつも行かない丸善の本屋に立ち寄り。さすがに小さいながらもビジネス書関係が充実しており、面白い本をいくつか発見し早速購入。中でも、マズロー「完全なる経営」は翻訳が大変読みやすく、面白い。かのマズローが経営の本を書いていたのを初めて知るが、帯を読むとドラッカーもこの本から影響を受けたといわれているらしい。

3日(金)曇りのち雨 休暇の調整を切り出そう、と様子を伺っているうちに言い出せず。昼には、パートで働いている同僚の女子から、正社員と異なる休暇支給日数についての文句を聞き、暗い気分に。休暇というのは、仕事の調整ができると同時に、同僚の理解がなくては取れなくて、周りの人の善意に寄るところが大きい。幸い、長く勤めている女の先輩は個人主義。それに助けられ甘えてきた部分もあった。しかし、若い同僚の言い分はもっともで、それに対して、どう対処したらいいのか難しい問題だ。新たな悩み勃発といった感じ。 帰りは、ブログでリマインドされた勝間和代さんの新刊MOOK本「まねる力」をゲット。となりのカフェで一気に読了するが、編集部の意見が色濃く反映されている印象。内容が一般化されていて勝間イズムを期待した読者にとっては、物足りないのではないだろうか。でも、ファンとしては立ち読みではなく買います。もう一冊、東洋文庫版イザベラ・バード「日本奥地紀行」も悩んだ末に買ってしまった。上製本で装丁が美しく、本の内容にぴったりだから(本の形が美しいから買う、というのもありです=会社の機械も売れないと!)。2冊あってもいいじゃないの。そういえば、後日談で熊沢正子さんに「どうしてイザベラ・バードは山形を桃源郷って言ったのでしょう」とお伺いしたら、「それまでの旅が過酷すぎたからじゃないの?」とのことであった。

4日(土)曇り 野暮用あり家で仕事。曇りのち雨の予報だったので、あきらめて家仕事の予定だったが、一日曇りで、ちょっと残念。

5日(日)曇り 来週の山岳部のOB総会を前に、会長、監督を中心に事前の内部打ち合わせ。現在部員は2年生一人しかおらず、いろいろ考えねばならない問題山積。現役はヤル気あり、入部したばかりの白馬の新歓合宿のテントの中で、すでに将来やりたいことなどを語ってくれたほど。2年生ながらJAC学生部の遠征に参加予定。個人的にはいろいろ思うところはあるが、現役の意思に添うことが大事であるのだろう。しかし現監督の苦労を考えると、頭が下がる。2年後輩にあたる彼は、現役時代から人間ができていたが、なかなかまねのできない仕事ぶり。バランス感覚は見事。三つ子の魂なのかな。先輩から「今年はさすがに外には行かないだろう?」と質問されたので、調整がつけば行こうと考えている、というとあきれた顔をされてしまった。この大変な不況の年に?ということであろう。

21 June 2009

6月22日~30日の覚書

22日(月)雨 労働保険の申請のため労働局へ。最近九段下へ来ることが多くなっていて、なんだか馴染みの場所になりつつある。申請書は一年間の賃金から算出するが、年1回の作業なので毎回マニュアルを見ながら。厚生省と労働省が合併される際、健康保険・年金、労働保険の徴収を統合するという計画があったらしい。しかし計算方式があまりに異なるため頓挫した、と先日の健保組合勉強会で講師が話していた。そのお陰かどうかは知らないが、労働保険は潤沢でこの厳しい情勢の中給付の範囲を広げている。健康保険は、後期高齢者のための支出が強制的に加わり、それまで黒字であった所属健保組合も去年から赤字に転換してしまった。年金は、崩壊寸前。

23日(火)雨のち曇り お茶のお稽古 初炭と茶通箱の稽古。中級の免状をもらったのはいいが、口伝になったので、一緒にお稽古している友達と情報交換が欠かせない。稽古中も、相手の稽古をじっくり観察していないと、覚えられない(思い出せない)こと多々あり。友達とのペア稽古でないと、ついていけない状態になりつつある。先生から火曜日を変更し金曜日にしたいと相談あり。二人で金曜日の受講の調整。

24日(水)雨のち曇り 新宿駅へ着くと、友達から電話。近くまで来ているので、食事しない?と。久しぶりなので、お互い近況報告から。海外の旅から帰ったばかりの友達の話は刺激的で、私も旅に出たくなる。

25日(木)曇り 岳人の編集部のFさんからお声がかかり、ヨガのページを作成する予定がある、ということで編集部へ。雑誌の最後のページでヨガのポーズを紹介している志津さんとお会いする。とても爽やかで素敵な方で感激!志津さんが作るページを少しお手伝いさせていただくことに。資格取得後インストラクターになるのは壁がありませんか、と聞くと、志津さんがインストラクターをしているヨーガ教室ではインストラクター初心者の人にも機会を提供しているので、よかったら来ませんかとありがたいオファー。ホントに素敵で、しなやかな女性だ。

26日(金)曇り またまた久しぶりの友達と食事。私にしてはめずらしく今週は人に会うことが多い。ひとりでは酒を飲まないが、友達と飲む酒は格別だと思う。夏の計画のことなど。私の弱さも強さも良く知っている友達なので相談できることが多い。いつもポジティブに物事を考える友達と話していると、私も前向きになれる気がする。

27日(土)曇り ヨーガの講座のためのレポート作成。

28日(日)曇りのち雨 ヨーガ療法士の講義のためヨーガ・ニケタンへ。心音共鳴法という瞑想テクニックの実習があり、もう、これは気持ちよく寝てしまう人続出。瞑想の後は、不思議とすっきりとした気分になることを実感。グループに分かれてのカウンセリング実習など。

29日(月)曇りのち雨 山岳部の大先輩が香港より一時帰国。40代で既に大手証券会社の執行役員となり株主総会のための帰国。学生時代から優れた山登りを実践し、まわりからは一目おかれる存在。独創的で厳しい登山ができる人は優秀で、社会人になると仕事で実績を残す人が多い気がする。なぜかデジカメに過去の写真を持っていて、冬の雄山東尾根から剣岳南壁の合宿の話や、冬の一ノ倉の話で盛り上がる。学生時代にこれだけの実績を残している人はそれほど多くはないと思う。山に対する考え方など話を聞いていると、自分がいかに小さいかがよくわかる。

30日(火)曇り 雇用保険喪失届、継続雇用給付申請のために所轄のハローワークへ。今回は申請件数が多いため、確認に時間がかかる。離職の理由についても、詳しく説明を求められる。理由により支給期間が異なるためだ。継続雇用給付は、定年を過ぎて、それまでの給与を減給される形で継続雇用する人のための給付。給付金には課税されないので、場合によってはそれまでもらっていた給与を若干越して収入となるケースもあるのだ。

9 May 2009

山形スキーツアー 8(最終日)

9日(土)晴れ 山形最後の日。気温は25度で初夏の陽気だ。8:00に目が覚め、テレビをつけると鳥インフルエンザ日本人第一号のニュース。荷物をまとめてフロントに預け、チェックアウトの手続き。ランチを食べに、町へ。 散歩しながら、蔵を改造したカフェレストランのオビハチ「灯蔵」を住宅街の中に発見。11:30と早めのランチのためか、ゆったりと席を確保。本日のランチは、五穀米、わかめの味噌汁、鳥ソテー、レンコンとジャガイモのサラダ、わらび、エンドウとベーコンの炒め物、玉子焼き、きんぴらにアイスコーヒーがついて1,050円。ジャズが流れる蔵の店内はとても居心地良く、満足。ただ、食材は都心のカフェでも食べられる健康食系ランチ、といえなくもないかな。個人的にはもう少し山形らしさを感じたいというわがままな欲求あり。 余所者のわがままというものであろう。
食後は、七日町の中心にある宮脇書店へ。山形市で一番大きな本屋だそうだ。お店のオススメコーナーの本はセレクションがなかなか面白く楽しめた。店員が作る”オススメ本コーナー”は新しい発見があり、つい覗いてしまう。コーナーをみると、だいたいどういうお店なのかわかったり。
本屋から、まっすぐ歩いて、再び旧県庁舎の文翔館へ。この建物がとても気に入っている。館内の部屋に設けられたカフェでアイスコーヒーを飲みながら、買った本を開く。なんと居心地がいいんだろう。文庫本1冊読了。外の光が傾いた頃、ふたたび外へ。

前回歩かなかったエリアへ足を運ぶと、大勢の人の流れが。屋台が並ぶ道にぶつかった。巡回中のお回りさんが植木市だよ、と教えてくれる。日本三大植木市のひとつなのだそうだ。食べ物の屋台、植木の屋台、骨董の屋台などなどが並ぶ。植木を買いたくなるが、やめておく。その代わり途中八百屋さんで、自分用に山菜をいくつかゲット。

屋台には昔ながらのやきそばやお好み焼きをはじめ、台湾などのアジアンな食材を置いてるものも。見ていたらだんだんとお腹がすいてきて、よっぽど買って食べようかと思ったが、夜に立ち寄りたい店があったので、がまん。早めに移動する。
夜は気になっていた、まるはちへ。季節の膳をオーダー。漬け物屋さん併設のレストランなので、内容はつけもの3種、にしんの昆布巻き、玉子焼き、おひたし、刺身(甘エビ、ゆば)、つけもの巻きがついて1,575円。お味はというと、漬け物は美味しいが、他は付け足しの感あり。
山形最後の夜。宿に預かってもらった荷物を受け取り、夜行バスの時間までミスタードーナッツで読書。登山後の読書ほど幸せな時間はないと思う。充実したゴールデンウィークツアーは終了。

<行程>11:00~19:00(灯蔵、七日町 宮脇書店、文翔館、植木市、まるはち、ミスド) 
21:50発夜行バスにて帰京

8 May 2009

山形スキーツアー 7(羽黒山)

8日(金)晴れ 6:00に目が覚め朝食までの1時間を散歩。朝のすうっと爽やかな空気の中、畑の間を歩き既に早朝から畑仕事をしているおばあさんに会釈。遠く右に月山、左に鳥海山が見えるあたりまで行き、しばらく山を眺める。山形市の方から見た月山はおわんを逆さにした月のカタチを連想させたが、鶴岡側から眺める月山は長い尾根をたくわえがどっしりとした山容だ。ふもとの人たちがこの山に抱く印象も、東と西では大分違うのではないだろうか。
7:00少し前に母屋へ。お米が炊き上がるまで待ってくださいと声をかけられ、野草茶をいただきながら、庭を眺める。良い具合に手入れされた庭の池には鯉が泳でいた。祖父の庭の鯉を思い出す。そういえば最近こういう庭を見ることも少なくなったように思う。焚きたての白米が運ばれてくる。いい香り。自家漬のうめぼし、ふきみそ、昆布の梅干煮、カブ、ふき、わらび、こごみの胡麻和えとお味噌汁。どれも、白米の味を引き立てる名脇役だと思う。おいしくてお代わりをいただいた。外からの涼やかな風。
食後にまた光さんとお話。羽黒山に登ったことがなければ、ぜひ上まで行ったらよいと。数年前から光さんも地元の山々を登るようになったそうだが、羽黒山には他とは異なる空気が取り囲んでいるという。羽黒山のふもとで御挨拶したい宿坊があると言うと、ハローページで探してくださった。母に約束した山菜は光さんお勧めの産直店「あぐり」で手配することに。みゆきさんが毎日おにぎりを納品しているとのことで、一緒に行きましょうとお声をかけてくださる。なんと、納品の後で羽黒山のふもとまで送ってくださる、とも。有難い。

スキーと使わない登山道具を宅配で自宅へ。「あぐり」ではこしあぶら、タラの芽、ぜんまい、青こごみ、山うど、ふきのとう、ばんけみそ。そして野草のジュースを入れて実家へ送った。

羽黒山までみゆきさんの車で送っていただく。途中、アルケッチャーノの前を通った。奥田シェフと光さん、みゆきさんとのかかわりなどについてお話を聞かせてくださる。「みゆきさん自身旅にでたいと思うことはないですか」と聞くと、実はとても旅が好きで、空き時間ができると外へ出かけていくことが多いのだと。やっぱりそうだろうなあ、と妙に親近感を抱く。近く、休みが取れたら奥田さんが出店した銀座の店に訪ねていこうと思っていると教えてくれた。

9:30に羽黒山登山口に到着。忙しい中、遠くまで送ってくださったことに感謝してお別れした。羽黒山のふもとには来たことがあったが、登るのは初めて。山門をくぐり、誰もいない苔むした山道を進む。そういえば、修験の人たちと山を歩いていたころ、冬の修験の行が見たくて何度か来ようと思ったことがあったことを思い出した。杉の巨木の中にひっそりとたたずむ五重塔。杉の中には、樹齢1000年を越えるものもあるらしい。
階段の登りは、案外と単調できつい。途中の茶屋で休憩し、景色を楽しむことにする。お抹茶を一服。登山途中のお抹茶は、やはり美味しくて、ほっとした。
10:40に頂上の山神合祭殿に到着。頂上には、逆の山道から車で上がってくる参拝者が何人も。参拝後、隣にある出羽三山歴史博物館に立ち寄るがほかに人はおらずひとり貸切状態。修験に関する展示物の数々は興味深かったが、『山を神として感じ取っていた人々は、仏教の伝来とともに生死について考えるようになり、自分の足で山を歩き修業するようになった』という内容の記述を読みながら頷いてしまう。山を神として崇めること、それとも、自分で歩き山から何かを会得しようとすること。どっちが幸せなんだろう。
下山は、ふたたび静かな苔の階段をゆっくりと。山門まで下り、宿坊の場所を聞くため、近くの御茶屋へ入って昼食。そばと草もちの定食をお願いするが、これが、予想以上に美味しかった!そばは山形で一番。草もちは、濃いヨモギの味が一杯に広がって、かなり幸せな気分となる。店番のおばあちゃんに、これこれこういう宿坊を探している、というと、すぐに「それは大進坊だよ!」と教えてくれた。
バスの出発まで1時間弱。突然だったが、お線香(宿坊では水をあげると言われた)だけでも上げさせていただければ、と失礼を覚悟で伺うことにした。宿坊では、ご家族の方が快く迎えてくださって、お水をあげさせていただくことができた。山の写真が飾られていて、あれからもう17年も経ったんだ、と感慨深くなる。尊敬していた姿を前に、相変わらず恥ずかしいばかりの自分を振り返ったりした。ご家族に心からお礼をし、お茶をご馳走になる。学生時代にお世話になったお話をしていると、話は止まらなくなってしまった

バスにはぎりぎりの時間に飛び乗り、鶴岡へ。鶴岡駅で観光客向けに貸し出している無料の自転車をレンタルし、町を観光。即身成仏のミイラがあるというお寺にも行くが、献金した上で特別に見物ということで、なんだか、怖くなりやめておく。鶴岡の中心部には鶴岡公園があり、周辺には明治時代の建物が残り、美しい。地元の物産展に立ち寄り、カニ、のどくろ、さざえなど海のものをクール便で実家へ送った。

18:05鶴岡発のバスで移動し、山形市へ戻り、ふたたび同じ宿に投宿。

<行程> 10:00羽黒山山門~10:40頂上(博物館見学)~11:30山門~14:20鶴岡駅 18:05鶴岡発(山交バス)~20:00山形駅着

<交通費> 羽黒山→鶴岡(バス 700円)、鶴岡駅→山形駅(山交バス2300円 往復割引) 

7 May 2009

山形スキーツアー 6(鳥海山)

7日(木)晴れ 4:00に起床し紅茶とお菓子の簡単な朝食をとって4:30出発。誰もいない残雪の山は爽快で、ずんずん進むうちに調子が上がってきた。左には奈曽渓谷を側壁が取り囲み、一筋谷へと落ちる白糸の滝。谷が深くぞくっとした。
朝日の当たる雪の大斜面を黙々と進んでいると、過去に登ったムスターグ・アタの斜面を思い出した。悪天になったらルートを見失いそうだが、適度な間隔で赤旗が残置されており心強い。吹浦口、長坂道が途中で合流し、しばらくいくと御浜小屋に到着。
7:40文殊岳の登りでアイゼンとピッケルを出す。ところどころ岩が露出する雪尾根の登りが続く。下りを考え観察しながら歩くが、登り返しが予測される斜面が多く、うまい具合につなげられないように思えてきた。
8:40外輪山の一番高い場所である七高山に到着。風が強いので長くは休めない。スキーをデポし、新山の頂上へ。
岩で風を避けしばらく景色を楽しんでから下りにかかる。楽しそうに登ってくるボーダーのグループとすれ違った。ウエアがおしゃれで、楽しそう。斜面を物色するが、突っ込んではまるのはいやで結局スキーを背負ったまま御浜小屋まで歩いてしまった。さらに風が強くなり、小屋の手前では台風姿勢をしないと飛ばされそうなくらいの勢いになった。
小屋の手前でいよいよ滑降開始。大斜面を満喫していたら、あっという間に登山道との分岐に着いてしまった。雪面が徐々に狭まってきたところでふっと横を見たら、再び白糸の滝が目に入る。奈落の底に吸い込まれそうな威圧感に抗うべくスキーを脱ぎ背負って早々に尾根上に戻った。登山道を歩きながら、もっと良い斜面を選べば長く滑降できたと反省。とはいえ、なにより安全に下りてきたことに感謝して、登山口へ戻った。
5月の日差しは強く、駐車場で靴やスキーを乾かすことにした。しばらくうとうととしながら、太陽を楽しむ。13:30に移動を開始。返却は鶴岡になるので、先を急がねばならない。途中、道の駅で食べ物を物色するが、これ、というものがなく水だけゲット。15:40、返却時間20分前になんとか鶴岡駅に到着した。

車を返却し、下山後の楽しみに予約した知憩軒へ。いつか行きたいと思っていた、一日一組しか宿泊の予約をとらない鶴岡の農家民宿だ。電話を入れると、バスの本数が少ないのでタクシーを拾ったほうがいいとのアドバイス。
出迎えてくださったのは女将の光さん。汚い山道具を抱え恐縮していると「汚れていても気にしなくていいですよ、私も農仕事でどろだらけですから」と。ぜいたくにも、離れの一軒屋を貸していただく。鍵を渡され、自由に使っていいですよ、と。なんでも揃ったキッチンとお風呂、そして光さんの織物などの作品が置かれた部屋、お茶室まである。家族で何泊もしていく人もいるそうだ。料金は、素泊まり3500円、一泊二食付6000円と格安。半乾きの登山道具が乾くようにと、除湿機まで用意してくださった。深謝。早速お風呂を沸かし、ゆっくりとする。窓を開けると外から心地よい風が吹いてきた。

宿帳をめくると、4月に銀座にもオープンしたイタリア料理店アル・ケッチャーノの本店が近くにあることがわかった。奥田シェフがお客さんにこの宿を勧めているらしい。アル・ケッチャーノの夕食をフルコースで楽しみ、知憩軒で宿泊しおいしい朝食を楽しむ、という人もいるようだ。アル・ケッチャーノについては、山形駅の本屋でたまたま立ち読みして知ったのだが、奥田シェフは全国に名が知れた名オーナーシェフ。各地からこのお店を目当てに訪ねてくる人が大勢いるのだという。奥田シェフと光さんの共通項は、地元の食材を大切にして提供していることだろうか。地方にあって、その価値を相対的に把握している、すばらしい人たちだと思う。
まだ明るい18:00から母屋にて夕食をいただく。この地でとれた食材をふんだんにつかった料理のおもてなし。若くちゃきちゃきとカッコの良いお嬢さんがそれぞれの食材について説明してくださる。女将さんの活動に賛同して働いているスタッフの方かなあと聞いてみると、光さんのお嬢さんであった。母娘二人で切り盛りしているのだそうだ。
まずは、炭火でしいたけ、アスパラ、弁慶めしを炙る。前菜は、うど、こごみ、タラノメ、こしあぶら、かぼちゃ。さらに、わらびのたたき、さわらだいこん、にしんの煮付、くろごまどうふ、こうやどうふ、うるいの漬物、うどのきんぴら、おふのみそしる、そしておにぎり。日本酒をなめながら、ひとつひとつ味わっていただいた。これこれ、こういうのを食べたかったのです。もう、最高に幸せ!最後の〆はわらびもちのデザート。

食事が終わるころ、光さんが絶妙なタイミングでお声をかけてくださる。暖かい笑顔と穏やかな語り口調に引き込まれる魅力あふれる女性だ。少しの酒で酔っ払ってしまう私の質問につきあって、いろいろと教えてくださった。嫁入りして20代の頃から嫁ぎ先の親を長く介護してきたが、介護が一段落し、やりたいことをしようと思い立ち宿を始めたのだという。食が廃れたら日本の国もだめになってしまうと考え、農家をやりながら(彼女は百姓という)民宿を営む。できれば、訪ねてくる人に農家の日常も見て欲しいと考えてのこと。しかし現状は厳しく、小規模な農家は経営が困難になり将来が心配。そんな中で、少なくとも自分自身が楽しむこと、それが一番重要だと思っているそうだ。どっしりと構えた風貌のとおり、自然体だが強い意志と覚悟が感じられる。どこから風がふいても、しなやかにかわしながら、根を深く伸ばしてぶれない大木のようだ。

お嬢さんのみゆきさんは爽やかで美しく、都会を歩いていても人が振向きそうな雰囲気。外へ向かって輝くような美しさ。でも、私にとって日常を脱した旅が大事であるように、お嬢さんも外へ旅に出たいと思うときがあるのではないだろうか。帰るまでに聞いてみたいと思った。


<行程> 4:30駐車場発~6:00御浜小屋~6:30御田ケ原分岐~7:00七五三掛から8:40七高山~9:10新山頂上~12:10駐車場下山

<交通費> ガソリン代 655円(酒田~鉾立山荘~鶴岡)、タクシー 3750円(鶴岡駅~知憩軒)