24 February 2009

2月23日~27日の覚書

23日(月)雨 背筋に筋肉痛あり。この時勢ではレポートが非常に書きにくくなかなか進まないと上司が。会社も、日本の社会も、世界の経済も大きく変わろうとしている。与えられた場で精一杯やるしかないよなあ、と思うしかないか。

24日(火)雨 人事異動関係の作業。夜はお茶稽古で、筒茶碗、茶通箱の手前。

25日(水)晴れ 登記関係書類を年間分まとめて作成し、本社へ送付できるよう準備。トレーニングを予定したが、バテ気味でパス。

26日(木)雨 朝、キャンディカップ申し込み。嵐の前の空き時間あり、懸案であったたまった書類のファイリング作業がまとめてでき、すっきり。夜、セミナーへ。

27日(金)雨のち晴れ 翌週の作業を前倒しで準備。来日者、出張者関係手配など。夜は速攻で準備してあずさで八ヶ岳へ。

23 February 2009

アイスキャンディー講習会

21日(土)晴れ 新宿7時発のあずさで9時過ぎに茅野へ到着。バスの待ち時間にTACカフェに寄ってタクさんのキャラメルラテを‥と思っていたが、まだ開店しておらずがっかり。バスはほぼ満席。大きな荷物を背負った20人ほどのグループと同乗となる。前日、1時間しか寝ていないので、若干効きすぎの暖房の中で爆睡。美濃戸口発10:30、すばらしい天気の中を一人気持ち良く歩いて12:40に赤岳鉱泉着。降雪があったのだろう、小同心大同心は真っ白。アイスキャンディーではいつもお会いする方々が既に氷に取り付いて楽しそうに登っている。小屋のチェックインを済ませると、小屋の中学生の息子さんが部屋まで案内してくださった。しっかり、部屋の説明や案内をしてくれ、立派だ。部屋奥のカドの廊下側窓側の布団でちょっとうれしかった。

13時から江本悠滋さんの講習会。いつも親切に情報をくださるJちゃん、今回はこられなかったコンペ&本ちゃんクライマーのRちゃんから講習会を薦められ参加。受付で聞くと今回は15人ほど参加者がいるという。人数が多いため、初心者と中級者のグループに分かれる。私は初心者グループを希望。初心者グループは小屋社長の柳澤さんが担当してくださる。自分の登りは客観的に見ることができないので、アドバイスはとても参考になった。どうやら闇雲にアックスを突き刺し、アイゼンを蹴り込んでいるらしい。韓国でも、私の登りを見た人は一様に「あー、だめだめ」と言ってきたから、何かが違うらしいということはわかっていたのだが‥。柳澤さんからのアドバイスは「とにかくゆっくりでいいから、手と足を良く見て登る」。やってみると、実に効果的だった。自分でも、登りが安定してきたのが実感できる。まわりからも「うまくなった」とか言われるようになって、その気になってきた。そのうちに、柳澤さんの指示で、初心者グループでヤル気ダントツのIさんと一緒に私も江本さんの担当する中級に昇格させてもらうことができたのであった。

江本さんの指導は、噂どおり、有益だった。内容としては、1)アイゼンなしアックスのみで登る 2)アックスなしアイゼンだけで登る 3)限定ルートを登る。Iさんとパートナーを組んで、それぞれの課題をこなす。Iさんはクライミングそのものをはじめたばかりと思えないほど、安定しているし上手だ。なにより肝が据わっている感じ‥。江本さんはグループ10人くらいをまとめて見ているのだが、登り終えると一人一人に的確なアドバイスをひとことずつかけてくださる。中でも、目からウロコだったのは、アックスの振り方。私は、アックスが決まらないのはマトリックスちゃんが軽すぎるせいだと思い込んでいたのだが、そうではなく、自分の振り方が違っていたことに気づくことができ、大いなる勘違いから脱却することができた。ルートの下の方で、江本さんがペンキで点をいくつも書いてくださって、その点を狙って、手を伸ばした位置から正対してアックスを打ち込む練習。振っただけでスパーンとアックスが効いている感覚を覚えることができ、もう涙がでそうだった。これこそ、私が求めていた感覚。技術的に弱いところを、言葉だけではなく、体感で覚える感覚を教えてくれる江本さんはやっぱりすごいな、と思った。

部屋に帰ると、講習会を受けていた方が他にもいらっしゃって、うれしかった。夕食をご一緒させていただく。お話を聞いていると、お一人はかの有名なアルファブロガーのE氏とそのお仲間であることが判明。そのうちのお一人はなんとあのW氏を成田空港確保に成功されたKさん、そしてもう一人は今日パートナーを組んだIさんだった。3人とも気さくで、とても楽しい時間をご一緒させていただく。後からE氏と親交があるMさんや江本さんも加わって盛り上がった。途中質問上手なJちゃんとOさんが加わって、江本さんのトレーニング談義も聞けて大いなる収穫。江本さんは日常のトレーニングに人工壁に行くが、登ってみて調子が出ないなと思ったら30分でもさっさと引き上げるのだという。トレーニングは集中して行う。だらだら何時間もジムにはいない。ボルダー壁を1時間みっちり登り込む。グレードは高くなくてもいい。体作りが目的なので、登り込みながら自分の体の弱く強化が必要な部分を感じ取っていく。ジムで高グレードを登るとかえって体を壊すことにもなるので気をつける、とのことであった。となりのテーブルでも、かっこいい憧れのクライマーAさんたちがアイス談義(おそらく)で盛り上がっていた。

22日(日) 晴れのち曇り 9時から講習会。今日は江本さんは別のグループで指導とのことで課題が与えられる 1)アップのために普通に登る 2)素手でアイゼンのみで登る 2)限定でアックス打ち込み回数を数えながら登る(より少ないほど良い) 4)限定ルートを登る であった。まずは、アップで普通にのぼるが、昨日の筋肉痛があり、疲れを感じてイマイチ乗れず。気持ちも少し落ち込み気味に。素手でアイゼンのみで登ると、アイスのでこぼこの多いルートだったので思ったより案外登れることがわかり面白い。ただし、フリーを登っている感覚になって、足もキョン系になっていたりして、果たしてこれでいいのか、と思うが、江本さんに質問すると「アイスだから特別な登り方をイメージするけれど、自然に登れればそれでいいので、フリーの形になってもそれでいい」のだそうだ。アックスの打ち込み回数を少なく登る課題では、思った以上に打ち込み回数があることが判明。同じ箇所に何度も打ち直すこともあるし、だいたい効率的に高度を稼いでいないことがわかる。2度目以前にもお会いしたことのある方に声をかけていただいて、アドバイスをいただきながらトライすると、5回回数を減らすことができた。限定ルートは、一応上までノーテンションで行くことができ、うれしかった。その後は、他の限定ルートなどいくつ か登る。かぶり気味のルートでは、限定が厳しく頭を使ってムーブを考えなければならなかった。なんとか核心部をクリアでき、うれしい。昼頃氷の掃除をして、解散。家がとても近いことが判明したE氏の車に同乗させていただき、なんと9時には帰宅することができ感謝。

20 February 2009

2月16日~20日の出来事

16日(月)晴れ 朝外に出ると週末の名残で気温が高く、一気に春を感じる。先日お茶稽古で聞いた菅原道真の飛梅をなぜか思い出した。梅の木はどうやって大宰府まで飛んでいったんだろうかと想像するがよくわからない‥。春めいていると、気持ちも明るくなるような気がする。残業簿の確認作業など中心に仕事。帰りは約束の予定をこなして早々に帰宅。元気が余っていたので、代々木公園、原宿、表参道、青山一丁目、千駄ヶ谷まわりで一周。夜から急に冷え始める。走っているうちに気温はどんどん低くなり、走っても走ってもお腹が冷えてくる状態に‥。ネットで、ランナーのための腹巻を売っていて不思議に思っていたのだが、納得。代々木の松村潔先生が出資し関係者で運営している小さな1畳ほどの占いの店「第三の目」の前を通ると、お店の前のボードに『問題をあぶりだして行動を起こす時期』みたいなことが書いてあって、考えてしまう。

17日(火)晴れ 昨日の運動もあり、気持ちよく一日を過ごす。元気で前向きな気分。体と心は連動することを実感、単純。残業簿の打ち込み作業。先月と引き続き、旧新のソフト入れ替えがあるので、両方のソフトへ2重に打ち込んでデータを比較し差がないか確認しなければならない。今回は、データ確認が取れた時点で新しいソフトへ完全移行する予定。作業としては2倍の労力、確認作業もあり気が抜けない。帰宅時はちょっと疲れたが、こういうときこそ運動してみたほうがいいかも、と実験気分で走る。ただし、ショートカットして代々木公園、原宿、キラー通り、新宿まわりをゆっくり。

18日(水)晴れ 引き続き、旧新ソフト入れ替え入力と確認作業。支給、控除額などは全てチェックできたので安心。しかし、有給支給日数と取得日数との計算に違いが出ていて、なかなか解明できずサポートセンターへ問い合わせる。なんとか移行できそうで、よかった。帰路デパ地下で安売りしていたかつをを買い、カルパッチョ風のサラダと作り置きの煮物でごはん。ちょっと食べすぎたら睡魔に襲われ、いつのまにか床暖の暖かさに負けて爆睡。夜中1時に気づいてベッドにもぐりこむ。

19日(木)晴れ 本社の財務担当者から連絡が入り、5月に予定されていた来日は延期になった。通常年2回来日するが、一連の状況を鑑みて、今年は1回となったらしい。ムダを極力避ける方向なのだと思う。世界中に支店を持つグローバル企業だが、今年はかなり深刻な状況のようだ。おそらく、どこも程度の差はあれど、深刻さは同じなのではないだろうか。給与関係最終確認が終わり提出、ほっと一息。午後はバンクリコン。家で軽く運動。会社で借してもらった芥川賞受賞作「ポトスライムの舟」を読みながらうとうと。早めに就寝。

20日(金)雨のち晴れ 久しぶりの雨。ブーツを履いたらいつも以上にふくらはぎがむくんでいるようでファスナーを上げるのに一苦労。会社では来週からの大量の役員会資料作成を前に、期限はまだ先なのだが前倒しで株主総会関係資料を作成。プロのトレーナーの友人にここ一週間の体調管理について相談してみると、トレーニング時の水分補給と、前後のアミノ酸摂取についてすすめられた。足がむくんでいるのもそのせいではないかと。休養を入れているので、週末に山に行けば超回復が望めるよと勇気付けられる。うーん、心理を読んで前向きなアドバイスはさすが!である。上司の依頼で早めに仕上げて欲しいといわれた資料などあり残業。久しぶりに外でごはんを食べて、最近お気に入りのコクーンタワーのブックファーストで遊んで帰る。カツマー大喜びの新刊を早速ゲット。この本屋は迷路のような作りで、目的の本棚に行くまでに、興味外の棚の前も通らねばならない。おそらく意図的な設計なのだと思うけれど、お陰で思いもよらない発見があったりして、脳を刺激してくれるところがすごい。閉店時間近くまで遊んでしまう。3千円以上本を買うと、1階のブルースクエアカフェのコーヒー券が無料でもらえる。このカフェには自由に読める本が置いてあり、PC、I-Podも自由に使えるようになっている。本のセレクションも、新刊や売れ筋とは別に、「へー、こんなのもあったんだ」というようなジャンル(私にとって)なので、発見が大きいのである。本屋とカフェの生き残り戦略もすごいと思う。

15 February 2009

ヨガ療法士養成講座

14日(土)晴れ 翌日15日のヨガ療法士養成講座のレポート作成。朝は雲っていたが、昼前から晴れて暖かくなってきたので、走りに家を出る。中央公園から代々木公園、原宿、表参道、青山一丁目、外苑前、国立競技場、信濃町、そしてパークハイアットのベーカリーでパンをゲットして家へ戻る。距離を測ったらちょうど10キロだが、買い物したり寄り道したりするので、所要時間は1時間30分。暖かい日を浴びに公園には大勢の人出、原宿表参道も大勢の人でなかなか前に進めない。バレンタインでもありカップルも多いような。このルートは華やかで楽しい。家に戻って掃除、洗濯、料理をしながらレポートを作成。

15日(日)晴れ 6時半に起床して町田まで。月1回の日本ヴィヴェーカナンダ・ヨーガ・ケンドラ東京でヨーガ療法士後期講座。インドの中央政府から大学として認定されているヴィヴェーカナンダ・ヨーガ大学の日本校である。前期講座を卒業し、昨年4月から3年間に渡る後期講座を受講しているのだが、正直、落ちこぼれ寸前である。来月は中間発表があり、論文とプレゼンを行わねばならず、同じグループの方々からいろいろ手助けいただいているところ。先日、女医さんの友人とこの話をしたところ、今後は医療現場で心理療法などのようにヨーガを行う需要はあるだろうから、大変でも論文など書いてきちんやる価値があるとアドバイスを受け励まされたところ。しかし、正直一杯一杯でやっている状況である。今日の講義は高血圧の西洋医学における定義とヨーガ療法における考え方。現時点での行為に集中し、意識化することの重要性。心の働き、スピードをコントロールすることによって、呼吸、血圧に変化を与える。帰り道、町田駅の生活の木でアロマオイルを物色。香りを嗅いで、好きだと思ったもおを選ぶと月桂樹とベルガモットだった。ラベンダーも欲しかったのだが、生活の木のものよりもニールズヤードのものの方が好みなので別途購入することにする。月桂樹は初めてだが、スパイシーな香りが好き。本で調べると、月桂樹とベルガモットの効能が似ていて面白い。体が求めているのかもしれない。夕食はクレソンとミニステーキ。たまに、ステーキを食べると、やはり美味しいと思うのだから、こちらも体が求めているのかもしれない。

14 February 2009

2月9日~13日の出来事

9日(月)晴れ 背中に筋肉痛を感じつつ出勤。筋肉痛というのは前日の行動の名残なので、これからも筋肉痛がする月曜日を迎えられるようにしようと自分に誓う。月曜日は短期、中期のスケジュール確認と作業手順について上司との確認。現状はとても大変な時期ではあり、予定どおりにことが進まない可能性もあるけれど、早めに準備だけはやっておかないといけない。夜はお茶の稽古。茶通箱の手前。中級の手前は教科書がないので、教わったことをすぐメモにしてファイルしろと先生より指示あり。茶入と大津袋で包んだ棗を同時に桐の茶箱に入れて濃茶をニ服立てるという棚の手前である。箱の扱いが難しく、中にものが入っているときは左から、入っていない場合は右から扱うのだそうだ。久しぶりにお稽古で一緒になったUさんと帰りに駅近くのファミレスでお茶。占い師のUさんは最近は好きなことしかせずに収入があるのだそうだ。新宿の繁華街の一角を借りて占いをしたり、チャクラを見てエネルギー調整をしたり、ヒーリング系のイベントをしたりしているらしい。新宿の繁華街では、男性の客が多く、質問内容も仕事が中心で面白いのだそうだ。すごい金周りがいい人もいれば、それこそ派遣切りで職も無く途方に暮れているような人もいるのだとか。そういう負のエネルギーを受けることはないのか、と聞いたら無いといっていた。今度何か一緒にコラボしましょうよ、と言われる。

10日(火)曇り 引き続き先の予定の調整、スケジュール作成など。一方で、現在の厳しい状況調整のための資料作りなど。ある意味で、双方の仕事は相反する仕事でもあるので、私のようにいい加減でないといろいろ考えてしまうかもしれない。夜は京都から上京(彼女にとっては下京かな)中の先輩と食事。神楽坂の毘沙門天前で7時に待ち合わせ、予約を受け付けない(席取りも受け付けない)最近お気に入りの伊勢藤へ。当然ながら、祭日前の夜7時は満席であった。仕方なく、こちらもいつも満席に近いピザ屋に入ることにする。 ビールと前菜で乾杯。相変わらず綺麗でかっこいい先輩である。皮の黒いロングコートに黒髪ロングヘア、モスグリーンの手袋にスカーフ。女性はやっぱりこうでなくちゃ。6歳の歳の差は常に経験の大きな差である。最近は、京都に家を買い、能の研究をしているそうだ。お茶から始まり、黒楽にはまり、能がわからないと本質が見抜けないことに気づいて能に入ったそうである。法政大学には能の研究所があって、資料を調べるためにしばらく東京きたといっていた。彼女の探究心に脱帽。帰国子女の走りの頃に海外にいたので、帰国子女の不思議な心理についても共通する認識があって話が盛り上がる。バブルの頃はライターとして各地を飛び回っては記事を書いていたそうである。最近の私のつたない記事について褒めていただけてなんだかほっとした。ほっとした、というのは、彼女の見識眼を信じているので、こういう人からいただける言葉は、良いにしろ悪いにしろ、とても参考になるからで、おそらく言葉だけで褒めることもない人なので、励みになるのである。これからも、いろいろご教示いただきたいとお願いして別れた。目標にしたい女の先輩である。

11日(水)晴れのちくもり 建国記念日 朝友達から連絡があり、借りたいものがあるので遊びに行くと。山でも走りに行こうかと考えていたのをとりやめて、待機することにする。空模様も不安定になってきたし、気づいてみると眠気があり疲れているようなので、ちょうどよかったか。昼前に友達がきて家で仕事、一緒に近くのカレー屋でランチをしながら情報交換。友達が帰ってから、眠くて眠くて、結局昼から夜まで眠りこける。

12日(木)晴れ 上席者が出張中なので、自分のペースでペンディングであった仕事をひとつづつ片付ける。来週からは、また、給与関係の仕事に集中しなければならないので、1ヶ月の中での隙間時間のようなものである。先日NTTから電報について電話があり、その対応が不親切だったために、民間他社での電報サービスを調べてみた。通産省の認定を受けた良いサービスがいくつかあるようだ。料金は約4分の1程度。請求も1月まとめてくれるらしいので、法人にとってはありがたいサービスである。あとは、実際利用してみてその内容と、確実性の確認。次回電報を打つときに利用してみようと思う。それにしてもNTTは、電報の部門を縮小しようとしているのかと思わせるほどやる気が見えない。そのうちに競合他社に取ってかわられるであろう。郵便についても、去年の暮れからエコ配という業者を利用するようになったが、エリア限定はあるものの、東京→大阪間夕方集荷翌日午前着で重量に関係なく280円と格安である。使用については、40通分の封筒を前払いで買わねばならないものの、不安であった確実性については今まで問題ないので使えると考えている。どうやってここまで価格を下げられるのか実際は不明だが、都内ではバイクや車ではなく自転車で集配をしてコストを下げているようだ。夜は、以前から定期的に食事会をする友達と合流。グルメなIさんオススメの神楽坂のイタリアンレストランGIOで。インターネットの印象より実際の店は落ち着いていて素敵。アラカルトで、前菜の盛り合わせ、ルッコラのサラダ、アンチョビのピザ、ゴルゴンゾーラのペンネ。アペリティフに続いてグラスワインで。どれも、美味。最後の締めは店イチオシのジェラートとカプチーノで。女3人が集まると、話が途切れるということがない。サプリメント、トレーニング、食育、医療、政治のことなども話題に。女医のIさんは、死体を解剖することは平気だが、食材のために殺される動物を見ることは怖くてできないというのだ。私にとっては、そちらの方が不思議。神楽坂を散歩すると、裏通りには素敵なお店が‥どれも個性的。神楽坂の人通りと妙な活気に納得。神楽坂用に貯金して、ときどき美味しいものを食べにこよう。

13日(金)晴れ 来週作業のための残業簿が集まり始めたので、確認作業など。健保と年金の扶養認定の条件について調べたところ、扶養者認定のために提出する源泉徴収票の収入の欄は非課税通勤費分が加算されていないが、認定の計算は非課税通勤費分も含めてやってほしいとのこと。うっかり非課税通勤費が大きいと、扶養者認定を受けられない可能性があるので注意なのだが、組合側でどうやって見分けるのかと聞いたところ、「組合としてはそのように計算するよう推奨しているだけで、実際はその部分を確認することはできない」のだそうだ。健保組合っていちいち指摘をしてくれたりしてきっちりしててすごいなあ、と常々思っているのだが、案外いい加減なようである。勉強になった。帰り道、人でごった返すバレンタインチョコレート売り場を冷やかしに。ついでに高島屋をぐるっと見てまわる。セールをしているのをすっかり忘れているほど、購買欲というものが低下している。本当は靴やセーターなど買い替えを必要としているアイテムはあるのだが。近年以上に購買意欲なし。この、購買欲の低下というのは、社会に伝染するものなのだろうか。まわりを見回しても、あまり買い物という雰囲気がない。

13 February 2009

アイスクライミングジャパンカップ

8日(日)晴れ 楽しみにしていた六合村IceExtremeで7日から行われているアイスクライミングジャパンカップへ。朝6時40分頃家を出て、大宮から草津方面行きの特急で草津口まで。事前に事務局へ問い合わせたところ、駅まではピックアップをしてくれるとのこと。到着すると、プラカードを持ってスタッフの方が待っていてくださった。

晴れているが風が強い。道路も落ち葉が舞っている。15分ほど車にのると、谷間にIceExtremeが見えてきた。近くには露天風呂もあると表記あり。70人くらいだろうか。すでに、音楽、DJつきでコンペが行われていた。男性、女性とも上位入賞者がさらに順位を決めるために競っている様子。1月に八ヶ岳でお会いした方々が大勢。Jちゃん、Oさん、Mさん、Aさん‥。それから、Jちゃんのご紹介で、Sさんをご紹介いただく。お話をしたところ、共通の知人が多数ある方で世界は狭い。あとは、日山協、群馬岳連のスタッフの方など。今回の来日選手であるWill Goddさんも。IceExtremeを管理している山本さんと初めてご挨拶。Will Goddさんの”Ice and Mixed Climbing"のサイン入り本の残があると声をかけていただく。既にインターネットで購入手配をしていたが、サイン入りとは折角なので、購入することに。

ルート設定をしているWillさんの登りはさすがにとても美しかった。なんといっても、前爪のけり込みがきっちりと常に氷に90度になっていることが印象的。足が重要とはいうけれど、どんなに登れる人でも基本に忠実に動作をこなすことがわかる。おそらく、合理的に無理なく登るということは美しく登ることでもあるのだと思う。合理性の追求=美しさなのかも。

上位の内容は氷からドライツーリングの前傾壁。北海道から参戦した選手は男女ともに強かった。夏は5.13を登り、冬は氷を登り込んでいるようだ。八ヶ岳でお会いした方々もとても強く、かっこよかった。
コンペの後、一般解放されたTRで新しい道具を試す。M10はもう、最高。とてもよいアイゼンで気に入った。マトリックスもまあまあ。途中ノミックを借用。ボルダーチックなムーブを要求されるルートが多く、筋力のなさもあるけれど、もっとクライミングをやらないとついていけないと認識。

暗くなるまで遊ばせていただく。帰り山本さんがお声がけくださり、東京まで帰る方の車に同乗させていただく。充実した一日。近くまた、六合に遊びに行こうと心に決める。

2月2日~7日の出来事

2日(月) 晴れ 韓国のお土産を持参し会社へ。この不況の中韓国旅行、というのもちょっと気が引けたが、私が海外に行く=どこか登ったの?ということでまわりのみなさんは驚きもない様子である。氷を登ったというと、さすがに想像できないようで、どうやって登るの? よくそんなことするね、と何人かの人に呆れ顔で言われて終わりである。韓国と日本は時差がまったくないので、週末の山行に行ってきたといった感じである。仕事はいつもどおり。帰路、本日中に勝間さんのセミナーに参加するか否か決めなければならず、本を読み直してかなり悩んだが、決められず。

3日(火) 晴れ お昼ごろから寒気がしてくる。仕事中は集中していくつかの作業を平行してこなしているのであまり気にならないのだが、帰り際節々が痛く寒気が強くなってきていることに気づく。風邪をひいたかもしれない。家に帰って食事の支度もしんどかったので、途中スパイシーなインドカレーを食べて体温上げて家へ。電車の途中で腹痛がひどくなり、冷や汗。下車して急いでトイレへ直行。お腹からきているようだ。調子の悪さをどうにか直したいという一心で帰り途中の整体へ。それでも、調子上がらず。家へ戻って熱を計ると8度近くになっていた。ふらつく頭で、勝間さんのセミナーへ参加を決める。セミナーに参加することによって、じっくりと腰を落ち着けて自分自身の棚卸ができるだろうと考えたため。自己管理が行き届かない、私のような人間にとっては、外的制約の中で、そういった時間を持つことは意味があるとの理由から。

4日(水) 晴れ 朝熱を計ると7度7分であったが、だるく、ふらつくため、やむなく休みの連絡を会社へ入れる。どこで気を抜いたかわからない。上司も昨日から内臓調子悪く、もしかすると明日の午前中休むかもしれないとのメール返信あり。どうやら、会社でなにか流感かもしれない。午後からとても大事な会議があったのだが、こちらもこうしても調子でずやむなくお休みの連絡を入れる。情けない。休んだ以上は、とにかく寝まくって休養。

5日(木) 晴れ 熱が6度7分まで下がったので会社へ行くと、となりに座っている先輩から体調不良のため休みとの連絡が入る。やはり、会社内でなにか感染しているようだ。そういえば、下の階の同僚が月曜日に「週末熱を出して、下痢をした」といって抗生物質を飲んでいたような。その話をすると「抗生物質は効きますよお!」と薦められる。こういってはなんだが、同じ菌のような気がする‥。本日中に本社へ送らねばならないレポートなどから作業をこなす。夕方になったら、元気が戻ってきたようだ。以前から約束のあった友達と夕食を決行。お互いの近況、情報交換。

6日(金) 晴れ 2月中旬に本社へ報告予定のリスト作成、来日者、出張者のアレンジなど。元気は戻ってきたが、内蔵の調子はいまひとつ、だるさも抜けない。夕方は少し遅れてしまったのだが、支払調書を税務署に提出に行く。週の終わりである金曜日は気持ちがほっとする。金曜日のご褒美に外食していたら、京都に住む大好きな女の先輩からメールが入る。能の研究のために法政大学の図書館に通っているとか。 来週までいるとのことで、来週一度お会いすることに。

7日(土) 晴れ ゆっくりと休養。午後から久しぶりの友達に会い、美味しいものを食べながらお互い情報交換で気分転換。韓国の旅行のこと、お互いの仕事のことなど。

7 February 2009

人情の韓国アイスクライミング2

31日(土) 晴れ 宿のシャワーは共同で、7時前に使ってはいけないと張り紙がある。7時すぐにあびて、30分に宿を出た。携帯の目覚ましを何度も何度も確認して、緊張の朝である。8時の集合時間にはまだ間があるので、途中のパン屋でコーヒーを買い込み、集合場所でくつろぐことにする。

町の早朝の風景である。昨夜の残骸が感じられつつ、新しい日の光に照らされて、車や人の通りがまだ少ない時間帯だ。8時頃、定食屋女将のテさんが言っていた「ガイドの先生」とおぼしき男性がやってきた。若い、みるからにいまどきの登れるクライマーといったいでたちである。お互いを探りつついると、「おはようございます」なんと、向こうから日本語で話しかけてくれた。きけば、テさんのガイドの先生であり、ガイドになる前に勤めていた会社では日本とのやりとりがあり、1年間の独学で日本語を話せるようになったとのこと。なんと、偉いのだろうか。

「テさんは今朝寝坊して、少し遅れます」とのこと。お互いの紹介を日本語でやりとりしつつ、待ち時間をやり過ごす。まるで、日本人の同年代のクライマーと話をしているような感じである。そうしているうちに、遠くから大きなザックを背負ったテさんが「ごめんなさい」と歩いてやってきた。大きなザック、両手も大きな袋。覗いてみると、コッヘルやら食材やら、いろいろなものが入っている。おそらく、女性らしい気配りで、みんなの昼食を用意してくれたのだろう。

きけばテさんは、すごい人なのだった。ハイキングでは飽き足らずクライミングを始めたのが50歳になってから。去年55歳のときにヨセミテでゾディアックを登り、今年は毎週末をアイスクライミングのトレーニングに費やし、2月14日にはトワンソン瀑布を登る予定なのだという。世の中にはすごい人がいるものだ。最近歳を感じます、などと言っていた自分が恥ずかしい。

早速、テさんの愛車に荷物を積んで、ジオンさんの運転で一路ハンデ村を目指す。30分ほど走ったところで、仲間3人と合流。テさんから「みんなけっこう偉い人たちなのよ、あの人は厚生省のトップだし‥」と説明を受ける。3人とも年齢は40~50代くらい。普段は堅気の社会人のようで、一見テクニカルなアイスクライミングをしそうな雰囲気ではない。こういう普通の人たちがクライミングを趣味とするのは、きっと登山人口の層の厚さなのではないかと想像する。周辺にもハイキング姿の中高年がたくさん歩いている。「登山は健康志向と重なって今韓国では大ブーム」なのだそうだ。みなさんと挨拶をしてから、屋台で朝食をとる。食パンを焼いたものに、キャベツとお好み焼きみたいなものをはさんで、ソースをかけて食べる。温かい豆乳との相性は抜群だ。韓国人のイカシタ味覚をますます好きになりそうである。 車の中で韓国の登山事情、日本の山のことなど情報交換をする。ジオンさんは、大韓山岳連盟の講師などを務め確保理論など啓蒙活動を行っているといい「韓国ではまだまだ事故が多い。今日のエリアにいってもわかるかもしれないが、ランニングビレーをあまり取らずに登っているクライマーがけっこういる」のだという。防げる事故も多く、先日も有名なクライマーが、簡単なところでランニングビレーをとっていなかったために墜落事故を起こしたばかりだ、といっている。
そこから車を走らせノンストップで2時間半ほどでハンデ村のアイスクライミングエリアに到着した。横幅は60mくらい、高さは最高で70m。地元の山岳会が管理をし人工的に作ったアイスエリアである。利用者の制限もしているといい、ひとグループ6人までで、月2回の予約が入れられるのだという。「他のエリアに行ったら、人が多すぎて危険なこともあるので、このエリアは安全に気を配っている」という。利用前に、自己責任で利用する旨書類にサインを求められる。といっても、韓国語で記載されているので、そういう説明を受けるがまま、サインをしたのであるが。
ブルーシートを敷いて荷物をまとめ場所とりをし、いよいよ、である。悩みに悩んで購入したグリベルのマトリクスちゃんのデビューの瞬間だ。今回はあまり無理もできないので、トップロープで遊ばせてもらう。マトリクスちゃんは、やはり少し軽すぎるようで、遠心力でヘッドからスパッと氷に刺さる感覚があまり感じられなかった。狙ってしっかり打たないと、決まらないといった感じで非力の私にはかえって負担があるように思える。薦められて他の人が使っていたペツルのクオークを借りたら、遠心力で切り込んでいく感覚があり、安心感があった。昨日もさんざんクオークを薦められたので、少々後悔。まわりの人たちをみると、クオークが圧倒的に多く、次はノミック、その他バイパーやモンスターなどであった。
三点支持で登っていたら、三点支持ではなく、N-Bodyで登るのが効率が良いと指導を受ける。ジオンさんの説明によればN-Bodyとは3年前、カナダのアイスクライミングコンペで韓国人が準優勝したときに、その登りが美しいと評価されてつけられた名前なのだという。縦方向に、二点を軸に、右、左と体を振りながら登っていく方法で‥といってもよくわからないので、実演でじっくり教えてもらった。N-Bodyを基本形として応用していくのだという。
荷物置き場を見ると、公務員のお兄さんが飲み物と昼食を作り始めていたので、手伝うことにする。彼は英語がしゃべれないのだが、韓国語であれやこれやと指示を出してくれ、いつの間にか弟子扱いになってきた。ここは年上を敬う儒教の国。お兄さんが率先して料理を作るのは、どうも、この仲間の中で一番年齢が若いからであるように見受けられた。さらに、新入りの私は、その弟子という構図のようである。私の名前を呼び捨てにして、あれをとれ、これをやれ、となんだかうるさい。
かくして、餃子入り具沢山の塩味スープができあがった。あたたかいコーヒーをみなに振る舞い(公務員のお兄さんからは「この子の特製のコーヒーだよ」などと言われ‥)鍋を囲んで、昼食となる。準備の良いテさんは、全員分のボールまで持ってきていて、本当にこういう料理やらなにやらと気の利くおばさんって日本にもいるよなあ、と妙に親近感を覚える。自然にこういうことができるのも、日常のまっとうな生活の積み重ねだ。歳をとるなら、料理がうまくて気の利くおばさんになりたいものだ‥。ナムルやキムチを副菜に、韓式のアウトドアランチに舌鼓である。 昼食中にテさんの携帯に昨日の山道具屋マネジャーから電話が。在庫がなかったM10が入荷したが、買う気があるか、と聞いているとのこと。間に合えば買いたいというと、8時までにソウルに戻れれば買えるから、今日、急いで戻って買いに行こうということになった。
午後も登り込むが、氷が解け始め、シャワーをあびてビショビショになりながら登る。少しずつ、N-Bodyもわかってきたような‥。テさんはトワンソンに向けて、果敢にバーチカル気味のアイスに取り付いている。粘り、動きとも見た目以上に強い人であることがわかった。登り込んで体ができているのもわかった。さすがである。薄暗くなり始めた頃、まわりの人たちは撤収を初め、私たちのグループは最後まで登り続けたが、5時半頃ソウルへ向けて出発した。

ジオンさんが最短距離を飛ばしてくれ、7時58分ぎりぎりでショップに到着。無事念願のM10も手に入れることができた。

その後、ふたたびテさんの定食屋でみんなと合流し、ショップマネージャーも合流し、スンドゥプの夕食となった。スンドゥプで始まり、スンドゥプで終わる、素敵な偶然が重なった旅だった。公務員のお兄さんは英語で「本当に今日はあんたと一緒に過ごすことができて、とってもとっても幸せだったよ」と言ってくれた。あんなに私を弟子状態にしたのは、私を気に入ってくれてたからなのかもなあ、と改めて思えてうれしかった。夕食をとりながらみんなから質問攻めにあう。個人的なこと(どこに住んでいるのかとか、結婚しているのかとか)興味本位にいろいろと聞いてくる。日本と商売をしていたことがあるテさんは「日本人は親しくなってもあまり個人的なことは質問しない」とみんなをたしなめている。私は改めてテさん、先生のジオンさん、みなさんにお礼の言葉を述べた。韓国の友達と飲みにいくと、たいがい、その場その場で一人が全部の清算をするのが礼儀のように教わっていたが、テさんのグループは、全部割りかんだった。韓国で、割り勘を見たのは、これが初めてだ。テさんが、日本から持ち込んだ文化なのではないか‥などと思ったのだが、今度確認のために聞いてみよう。
明日は帰国だ。良い気分で宿に帰ると、宿番のお姉さんがドアをたたいている。「さきほどおうさんという方がこれを渡してくれといってきました」と。見ると、たくさんのお土産が入った袋だった。おうさんがわざわざ宿に届けてくれたのだ。申し訳なくありがたく、すぐに携帯でお礼を伝え、非礼を詫びた。

つくづく温かい人たちの人情にふれた旅であった。

5 February 2009

人情の韓国アイスクライミング1

29日(木) 晴れ 会社では、今年の業績悪化対応策のひとつとして残業調整を奨励している。残業した分を早退などで相殺するものだ。この制度は悪くないと思う。残業するときはして、早く帰れるときは帰ることができ、相互にとって利点があると思うからだ。今日は14:45分から早退帰宅し、装備を持って18:30のリムジンバスで成田へ。韓国へ出発する。

装備は現地調達予定なので、身軽、チェックインはスムーズに済み搭乗口へ早々に向かう。免税店などふらふら見て歩いていると、シャワールームを発見。30分500円。個室は狭いが、ビジネスホテルのシャワールームのようで、きれいなタオルもありリーゾナブルだ。よい気分転換になった。今後も、ぜひ利用したい施設である。
アシアナ航空はスチュワーデスさんの感じがよい。見渡したところ満席。老若問わず女性同士のグループ、カップル、あやしい成金風の人もいて韓国の旅にはいろいろな人がいそうである。私の目的はアイスクライミングと装備入手、お買い物というひとくくりでくくれば大勢多数だろうか。

仁川空港には23時過ぎ着。ターミナルロビーで早速タクシーの客引きに声をかけられる。こういうのにはひっかかっちゃいけないというのが旅の鉄則だが、風貌(調子は良さそうだが悪そうじゃない)、車(タクシーの表示がありメーターがついている)をみて、自分の判断をたよりに利用することに決める。韓国に到着するまでよく考えていなかったのだが、23時以降はバスも地下鉄も止まるので、町へ出る手段はタクシーしかないのだ。運ちゃんは一生懸命観光地を説明しながら運転してくれ(サッカー場やオリンピック競技場)、音楽もいろいろと聞かせてくれ(ただし演歌)、地図までくれたりして気を使ってくれている。約1時間乗った後で無事宿に到着。深夜割り増しがついて、9万ウォンであった(端数も値切ったら応じてくれたので悪い人じゃなかったんだろう)。安い旅をしていても、こんなところで出費がかさむので、今後は到着時刻も考慮のうえ便を選んだ方がよい。宿の人を遅くに起こしてしまい恐縮。昔ながらの韓屋のオンドル部屋に感動。さっさと寝ることにする。
30日(金) 晴れ 宿での韓式スンデゥプの朝食をいただき、宿のゴッドマザーにもご挨拶し、氷登りに来たと説明すると「そんな危ないこと、やめなさい」と何度も言われる。私が曲げないので、「そんなにやりたいのなら携帯電話の番号は置いていきなさい」といわれてしまう。世話好きの女将さんである。 とっても楽しみにしていたO2WORLDへ。宿近くの恵化駅から地下鉄で7つ目。地図をたよりに歩くが、道がわからなくなり、タクシーにたよることに。O2WORLDはインスボンなどの入山口があるところに位置する。インターネットでこの施設を探し当てて、感激してぜひ見てみたいと思ってきたのだ。年間通じて人工の氷が登れる施設って‥。
5階建のビルは、インターネットで見るよりもちょっとしょぼかったが、ご愛嬌か。期待していたカフェも田舎の食堂って感じで‥。ただしクライミング施設はジムとして秀逸。地下1階から2階にかけてアイスクライミング壁があり、そのとなりにはやはり2階分をぶち抜いてフリークライミング壁がある。利用者のロッカーやシャワーを完備して、贅沢な作りだ。これはすごい。思いのほか韓国は英語が通じないので、身振り手振りでアイスクライミングをしたい、と申し出ると、いろいろな人が助けてくれて、そうこうしているうちに社長がじきじきに出てきてくれた。
身振り手振りで話を聞いてみると、今日は映画の撮影があるため、アイスクライミング壁は登れない、ついては明日ビレーをしてあげるのでもう一度くるようにとのことであった。私にとっては、十分なオファーなので、感謝の意を示し、明日の約束をして名刺をいただきショッピングモードへ切り替える。
O2ワールドの近辺には登山道具の店が軒を並べる。おしゃれな店作りだが、ウエアの店が多くそして思ったよりも値段は高めである。日本の7から8割くらいだろうか。アークテリックスの女性用のかっこいいウエアもいっぱいあり目移りするが、がまん。目的はアイスクライミングのギアなので、最後のショップでギアを置いているところを紹介してくれとお願いすると、地図で場所を教えてくれた。バスに乗っていけば行けるといわれる。
バス乗り場の横では、ヤドリギを煎じ茶として売っている露天を発見して、味見をさせてもらう。抵抗力を高め難病に効くといっている。 深みと甘みがあってなかなかうまい。
バス乗り場で、地図を見せてここに行きたいと説明すると、運転手さんが親切にも出てきてくれて、とにかく自分のバスに乗っていけ、途中で乗り換えを教えてあげると片言の日本語で教えてくれた。なんと親切なんだろうか。
バスを乗って15分くらいすると、「ここで下りて次は何番106番に乗れ」と運転手さんからのメモ付の指示。「ありがとう!」と乗り継ぎ、次のバスでさらに15分くらい乗りやっと目的地である鐘路五街へ到着。
ずううっと昔の記憶をたよりに登山道具店が並ぶエリアを探してみるが、見つからず。町のど真ん中で歩くビジネスマンに聞いても埒があきそうにない‥。途方に暮れつつ、とりあえず昼ごはんでも食べることにして、地元の人でにぎわっている定食屋へ。

外まで人が並んでいるこの店は、地元の人が評価する美味しい店なんだろう。ふとみたら、レジの奥の壁にアイスクライミングの写真がぺたぺたと貼られている!!よーく見ると、中で動き回っている女将さんではないか。なんという偶然。
女将さんは片言の日本語を話し、私は朝食べて二度目のスンドゥプ海鮮版をお願いする。1万ウォンで、小鉢、ご飯がつく。うまい。汗をかきながら美味しくいただいて、お金を払うときにおそるおそる「氷を登られるのですか」と聞いてみた。「実は日本から装備を買いに来たのですがお店のある場所を教えていただけませんか」。「ひとりで?日本から? 私がいつも値引きしてもらっているお店があるわよ。昼も終わるから私が連れてって紹介してあげるわよ」韓国の女性は面倒見がいいのかもしれない。肝っ玉が大きいというか。かくして、女将に連れられて、登山道具屋が並ぶ通りへ足を運んだのであった。
店のマネジャーはやはり英語はあまりしゃべれない。連れて行ってもらわなかったら、ここでも苦労しただろう。通訳までしていただきつつ、買おうと思っていたノミックを手にしてから、クォーク、マトリクス、コブラなどなどを手にしているうちに、4時間くらい女将をつき合わせてしまう。いろいろ考えすぎて、結局は後悔しないほど安価で、アルパインにも一応使えて、高所で持ち運ぶにも軽い、という理由でグリベルのマトリクスに決めた。他にスポルティバのイヴォ、友達からたのまれたアックスを購入する。カードでというと現金しか受け付けないというので、これまた、銀行へ駆け込みカードで引き出しをしようとするも、私のカードを受け付けてくれるところはなく、何軒かまわった挙句、ヴィザのキャッシュサービスでなんとか高額の現金をゲットしてげっそり。それ以上に、付き合ってくれた女将さんに申し訳なかった。そうこうしていると「私は明日も明後日もアイスクライミングに行くわよ、一緒に行きましょう」との思ってもいないオファーが‥。「O2ワールドで約束してるので」というと「外の氷の方が絶対にいいわよ!O2ワールドの社長は友達だからこれから電話で断ってあげる」ということで、外の氷に一緒に連れて行ってもらうことに相成ったのであった。なんという展開だろうか‥。翌朝8時集合の約束して別れる。
出発前からメールで連絡を取っていたクライマーと現地で連絡が取れ、夕食をとることに。3年前に中国のコスクラックピークを登った仲間。宿まで向かえに来てくれ、夕食。何が食べたいかというので、韓国風の普通の定食、と答える。彼は韓国ヒマラヤ協会の会員で、すごいデータマン。ヒマラヤの登攀についてありとあらゆる登攀、人、年代をすらすら言えるのである。英語も堪能なので会話も成り立つのだ。彼がインタビューしたという、ロシアやヨーロッパのクライマーの話がとにかく面白すぎて、今度本にまとめてよ、とお願いしたほど。クライマーというより学者といった方が近いような風貌である。クライミングのみならず、歴史や芸術にも造詣が深く、「僕は秀吉よりも信長が好みだね」などと言うのでこちらがびびってしまう。世界レベルの博識に出会うと、いつも襟を正すのだが‥。そうしているうちに、コスクラックで同じくご一緒させていただいたヒマラヤ協会会長のオウさんも来ていただくことになり‥。次の店をインド料理屋に移して合流。名門東国大学山岳部出身であり、ヒマラヤ登山に先鞭をきったおうさんは、60過ぎてなお活発に海外登山や海外での冒険を定期的に行っていて話は尽きず大いに盛り上がる。旧交を深めた贅沢で幸せな夜であった。