7 February 2009

人情の韓国アイスクライミング2

31日(土) 晴れ 宿のシャワーは共同で、7時前に使ってはいけないと張り紙がある。7時すぐにあびて、30分に宿を出た。携帯の目覚ましを何度も何度も確認して、緊張の朝である。8時の集合時間にはまだ間があるので、途中のパン屋でコーヒーを買い込み、集合場所でくつろぐことにする。

町の早朝の風景である。昨夜の残骸が感じられつつ、新しい日の光に照らされて、車や人の通りがまだ少ない時間帯だ。8時頃、定食屋女将のテさんが言っていた「ガイドの先生」とおぼしき男性がやってきた。若い、みるからにいまどきの登れるクライマーといったいでたちである。お互いを探りつついると、「おはようございます」なんと、向こうから日本語で話しかけてくれた。きけば、テさんのガイドの先生であり、ガイドになる前に勤めていた会社では日本とのやりとりがあり、1年間の独学で日本語を話せるようになったとのこと。なんと、偉いのだろうか。

「テさんは今朝寝坊して、少し遅れます」とのこと。お互いの紹介を日本語でやりとりしつつ、待ち時間をやり過ごす。まるで、日本人の同年代のクライマーと話をしているような感じである。そうしているうちに、遠くから大きなザックを背負ったテさんが「ごめんなさい」と歩いてやってきた。大きなザック、両手も大きな袋。覗いてみると、コッヘルやら食材やら、いろいろなものが入っている。おそらく、女性らしい気配りで、みんなの昼食を用意してくれたのだろう。

きけばテさんは、すごい人なのだった。ハイキングでは飽き足らずクライミングを始めたのが50歳になってから。去年55歳のときにヨセミテでゾディアックを登り、今年は毎週末をアイスクライミングのトレーニングに費やし、2月14日にはトワンソン瀑布を登る予定なのだという。世の中にはすごい人がいるものだ。最近歳を感じます、などと言っていた自分が恥ずかしい。

早速、テさんの愛車に荷物を積んで、ジオンさんの運転で一路ハンデ村を目指す。30分ほど走ったところで、仲間3人と合流。テさんから「みんなけっこう偉い人たちなのよ、あの人は厚生省のトップだし‥」と説明を受ける。3人とも年齢は40~50代くらい。普段は堅気の社会人のようで、一見テクニカルなアイスクライミングをしそうな雰囲気ではない。こういう普通の人たちがクライミングを趣味とするのは、きっと登山人口の層の厚さなのではないかと想像する。周辺にもハイキング姿の中高年がたくさん歩いている。「登山は健康志向と重なって今韓国では大ブーム」なのだそうだ。みなさんと挨拶をしてから、屋台で朝食をとる。食パンを焼いたものに、キャベツとお好み焼きみたいなものをはさんで、ソースをかけて食べる。温かい豆乳との相性は抜群だ。韓国人のイカシタ味覚をますます好きになりそうである。 車の中で韓国の登山事情、日本の山のことなど情報交換をする。ジオンさんは、大韓山岳連盟の講師などを務め確保理論など啓蒙活動を行っているといい「韓国ではまだまだ事故が多い。今日のエリアにいってもわかるかもしれないが、ランニングビレーをあまり取らずに登っているクライマーがけっこういる」のだという。防げる事故も多く、先日も有名なクライマーが、簡単なところでランニングビレーをとっていなかったために墜落事故を起こしたばかりだ、といっている。
そこから車を走らせノンストップで2時間半ほどでハンデ村のアイスクライミングエリアに到着した。横幅は60mくらい、高さは最高で70m。地元の山岳会が管理をし人工的に作ったアイスエリアである。利用者の制限もしているといい、ひとグループ6人までで、月2回の予約が入れられるのだという。「他のエリアに行ったら、人が多すぎて危険なこともあるので、このエリアは安全に気を配っている」という。利用前に、自己責任で利用する旨書類にサインを求められる。といっても、韓国語で記載されているので、そういう説明を受けるがまま、サインをしたのであるが。
ブルーシートを敷いて荷物をまとめ場所とりをし、いよいよ、である。悩みに悩んで購入したグリベルのマトリクスちゃんのデビューの瞬間だ。今回はあまり無理もできないので、トップロープで遊ばせてもらう。マトリクスちゃんは、やはり少し軽すぎるようで、遠心力でヘッドからスパッと氷に刺さる感覚があまり感じられなかった。狙ってしっかり打たないと、決まらないといった感じで非力の私にはかえって負担があるように思える。薦められて他の人が使っていたペツルのクオークを借りたら、遠心力で切り込んでいく感覚があり、安心感があった。昨日もさんざんクオークを薦められたので、少々後悔。まわりの人たちをみると、クオークが圧倒的に多く、次はノミック、その他バイパーやモンスターなどであった。
三点支持で登っていたら、三点支持ではなく、N-Bodyで登るのが効率が良いと指導を受ける。ジオンさんの説明によればN-Bodyとは3年前、カナダのアイスクライミングコンペで韓国人が準優勝したときに、その登りが美しいと評価されてつけられた名前なのだという。縦方向に、二点を軸に、右、左と体を振りながら登っていく方法で‥といってもよくわからないので、実演でじっくり教えてもらった。N-Bodyを基本形として応用していくのだという。
荷物置き場を見ると、公務員のお兄さんが飲み物と昼食を作り始めていたので、手伝うことにする。彼は英語がしゃべれないのだが、韓国語であれやこれやと指示を出してくれ、いつの間にか弟子扱いになってきた。ここは年上を敬う儒教の国。お兄さんが率先して料理を作るのは、どうも、この仲間の中で一番年齢が若いからであるように見受けられた。さらに、新入りの私は、その弟子という構図のようである。私の名前を呼び捨てにして、あれをとれ、これをやれ、となんだかうるさい。
かくして、餃子入り具沢山の塩味スープができあがった。あたたかいコーヒーをみなに振る舞い(公務員のお兄さんからは「この子の特製のコーヒーだよ」などと言われ‥)鍋を囲んで、昼食となる。準備の良いテさんは、全員分のボールまで持ってきていて、本当にこういう料理やらなにやらと気の利くおばさんって日本にもいるよなあ、と妙に親近感を覚える。自然にこういうことができるのも、日常のまっとうな生活の積み重ねだ。歳をとるなら、料理がうまくて気の利くおばさんになりたいものだ‥。ナムルやキムチを副菜に、韓式のアウトドアランチに舌鼓である。 昼食中にテさんの携帯に昨日の山道具屋マネジャーから電話が。在庫がなかったM10が入荷したが、買う気があるか、と聞いているとのこと。間に合えば買いたいというと、8時までにソウルに戻れれば買えるから、今日、急いで戻って買いに行こうということになった。
午後も登り込むが、氷が解け始め、シャワーをあびてビショビショになりながら登る。少しずつ、N-Bodyもわかってきたような‥。テさんはトワンソンに向けて、果敢にバーチカル気味のアイスに取り付いている。粘り、動きとも見た目以上に強い人であることがわかった。登り込んで体ができているのもわかった。さすがである。薄暗くなり始めた頃、まわりの人たちは撤収を初め、私たちのグループは最後まで登り続けたが、5時半頃ソウルへ向けて出発した。

ジオンさんが最短距離を飛ばしてくれ、7時58分ぎりぎりでショップに到着。無事念願のM10も手に入れることができた。

その後、ふたたびテさんの定食屋でみんなと合流し、ショップマネージャーも合流し、スンドゥプの夕食となった。スンドゥプで始まり、スンドゥプで終わる、素敵な偶然が重なった旅だった。公務員のお兄さんは英語で「本当に今日はあんたと一緒に過ごすことができて、とってもとっても幸せだったよ」と言ってくれた。あんなに私を弟子状態にしたのは、私を気に入ってくれてたからなのかもなあ、と改めて思えてうれしかった。夕食をとりながらみんなから質問攻めにあう。個人的なこと(どこに住んでいるのかとか、結婚しているのかとか)興味本位にいろいろと聞いてくる。日本と商売をしていたことがあるテさんは「日本人は親しくなってもあまり個人的なことは質問しない」とみんなをたしなめている。私は改めてテさん、先生のジオンさん、みなさんにお礼の言葉を述べた。韓国の友達と飲みにいくと、たいがい、その場その場で一人が全部の清算をするのが礼儀のように教わっていたが、テさんのグループは、全部割りかんだった。韓国で、割り勘を見たのは、これが初めてだ。テさんが、日本から持ち込んだ文化なのではないか‥などと思ったのだが、今度確認のために聞いてみよう。
明日は帰国だ。良い気分で宿に帰ると、宿番のお姉さんがドアをたたいている。「さきほどおうさんという方がこれを渡してくれといってきました」と。見ると、たくさんのお土産が入った袋だった。おうさんがわざわざ宿に届けてくれたのだ。申し訳なくありがたく、すぐに携帯でお礼を伝え、非礼を詫びた。

つくづく温かい人たちの人情にふれた旅であった。

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