28 July 2009

7月27日~31日の覚書

27日(月)晴れ時々雨 週末の山行でとうとうイカレテしまった雨具を買い替えに登山道具店巡り。7年使い続けてきたお気に入りのモンベル製品と同じものを探すが、売っていないようだ。他の雨具を物色。値段が高い割に、気に入ったものが見つからない。あきらめて帰宅。

28日(火)曇り時々晴れ 現在冬である南半球のパンデミックフルーがすごい勢いで勢力を拡大しているらしい。10月に南へ行く予定を立てているので気が気ではない。外務省の通達等々どこで行くか行かないかの線引きをするか悩んでいる。退社時に上司である総務部長に「南半球のインフルエンザの流行には参りました」というと、「現時点では普通のインフルエンザ程度の症状なので、ひどいことにはならないんじゃないか」と意外な返事。「それでは総務部長のお墨付き、ということでよいのでしょうか」と冗談をいうと、笑ってかえされた。帰り、またまた新宿界隈で雨具を物色。南口のエルブレスでやっとORの気に入ったものを見つける。値引きもされていて、なかなかうれしい。エルブレスのウエアコーナーは、たまにとんでもないセールをしていることがあるので、ときどき覗く。玉石混合なのも面白かったりして。OR(Outdoor Research)のウエアも、他ではあまり見ないような‥。

29日(水) 曇り時々晴れ 航空券の手配をお願いしているエージェントに南半球のパンデミックについて外務省など他情報詳細あれば教えて欲しいとお願いしたところ、結果的にこれだけ拡大してしまうと日本政府としても通常のインフルエンザの扱いと同じにせざるをえない(現時点で深刻なものではないので全てを検閲する手間はかけられない)ということのようである。通常のインフルエンザと同等扱いと考えられるようだ。 週末の山の計画を立てる。アルプス方面にバスで行くには、さわやか信州号か中央高速バスが便利だが、さわやか信州号はアルピコグループの意図が見えるようで、少々興ざめ。降車場が、次の交通網に直結しているというのがあまり美しくないというか。その点、中央高速バスは、来るもの拒まず去るもの追わず、交通手段という立場に徹したさっぱりとした立ち振る舞いに、紳士的な美しさを感じるのである。え、こんなところでおろされちゃうの、という場所もあるが。

30日(木) 三宅島出身の会社の人とくさやの話になる。お酒と一緒に食べたことがあり、結構好きだけれど焼くのは大変そうですね、と言ったらなんと、早速焼いたくさやをジップロック二重パックで持ってきてくださった。感謝。夜、山友のすみすみと神楽坂で食事。お誕生日のお祝い、夏山の話などなど。最近神楽坂の開拓を目指す二人。初めて世喜を予約。カウンターに一見の女二人でも、美しい佇まいの女将と若い女性の給仕に囲まれ美味しいお酒が飲めた。手ごろなのも良い。すみすみがお勧めの本「冒険の蟲たち」(溝渕三郎 興田守孝 長篠哲生著 白山書房刊)を貸してくれた。二人の間に置いていたら、給仕の若い女性から「見せてもらっていいですか」といわれ、びっっっくり。1970年代の写真を見て「かっこいー」を連発‥。おじさまたちがいらっしゃったら、さぞかしよろばれるだろうね、と話す。それにしても、すみすみは同年代ながら、フリーランスのライターなどなど仕事ぶりすばらしく学ぶこと多し、なのである。2件目のバーでは、ハイマツの香りを思わせるジンで涼む。次回は、お勧めのモヒートを頼んでみよう‥。

31日(金)お茶稽古。茶箱手前の雪と花。今回はテキストで予習ができる課題なので、会社の昼休みを使って何度かシュミレーションしておく。テキストではわからない、仕覆の紐結びは曖昧なまま。稽古中に教えていただくことができ、やっとお手前がつながった。前回よりはだんぜん努力して望んだつもりだが、紐結びでひっかかり先生は残念そう。友達と、次回の月の手前はがんばろうねと言いながら帰る。

26 July 2009

上高地ラウンド縦走(日帰り)

26日(日)雨ときどき曇り 前線の張り出した天気図はどうみても天候が不安定なのだが、ピーク別の予報を見てみると、穂高周辺は雨が夕方から予想されていた。東京周辺のピークであれば問題なく晴れ。しかし、標高高めの山に行きたいという気持ちを優先することにした。

前夜23時発のさわやか信州号に乗車。今回ははじめてグリーン車に乗ってみた。さすがに年齢層は高めかな。リクライニングの大きめのイスはまあ快適であるが、通常シートより2,500円分の価値があるかどうかはギリギリの感じ。ペルーで乗ったリマ~ワラス間ベンツバスの皮製イスの快適さを考えると、日本の長距離バスの改善余地はまだまだあると思う。

5:40に上高地着。外へ出ると霧雨であった。状況にあわせて判断するしかないので、いけるところまで行動することに決める。センターで登山届けを提出。係りの方に初めて登る重太郎新道の状況をたずねてから6:00上高地発。

7:50岳沢の小屋跡の分岐点で休憩。雨は小降。重太郎新道へ入る。人はいないので、去年秋の栂池から持ち歩いている熊の鈴を鳴らしながら歩く。上高地まで熊が下りてくる話や、知人の事故を考えても、熊は単独行動中の怖さの一つだと思う(同じ時期に山に行っていた友達は大きなカウベルを持って山に入ったと聞いたが良いことだと思う)。少なくとも、こちらから存在を知らせてあげるのがマナーであるような気がする。

重太郎新道の上部は鎖や梯子がかかっており、急な岩の斜面が続く。先週の疲れもあってか、思うように高度を稼げず、天気も手伝い気持ちが萎えてくる。現状のペース配分と、目標タイムを常に照らし合わせながら進むが、今日のペースでは当初の予定は無理そうだ。こういうときは、無理しない。あっさり前穂ピストンかな、とぼんやり考えながら進む。途中、下山してくる韓国人パーティーに2組とすれ違った。韓国では穂高の人気が高いと聞いていたが、比較的マイナーなトレイルで2組に会うくらいだから、相当なものであろう。

前回の反省を元に、プラティパスのチューブを持参。岩稜歩きを考えて、ストックは持参せず。筋肉痛に備えてアミノバイタル4包を時間差で投入しながら歩く。カメラはカメラカバーに入れすぐに取り出し可能なので、余計な時間を食わずに済む。と、効率化はしても、小雨の中急な岩稜をひとり黙々と登るのは、少々気が滅入ってスピード上がらず。

10:00前穂と吊尾根の分岐に到着。この時点では前穂ピストンと考えていたので、前穂へ向かって登り始める。歩きながら、当初計画していた奥穂経由 上高地までのルートを行ったらどうなるだろうか、と頭で最終のシュミレーション。と、今の時点で切り替えればギリギリなんとか歩ける(かもしれない)計算が成り立ってしまった。ちょっとだけ追い込んでがんばらねばならないが、行こうと決める。そうと決まれば、前穂は割愛し、さっさと吊尾根へ転向。雨の中3000メートルの稜線を歩くこと、上高地発4時のバスを既に予約していることなど、予定どおりに進まない場合も同時に考える。ひとりでなければ、こんな切り替えはできないだろうなあと思う。残雪期に順ずるウエアとツェルトを持参していること、バスを逃した場合はあきらめること、という理由で決定。 とりあえず、稜線の風に煽られる前に、持参のフリースとネックウォーマー、手袋を着込んで防寒対策を整える。

不思議なことに、ラウンドを決めた後はなんだかウキウキして、疲れていた自分の体が軽く感じられてきた。どうも、自分はこういうのが好きみたいだ。

ここからは、ノンストップで上高地を目指すことになった。

奥穂高岳には予定の10分遅れで10:55に到着。飛騨側から吹き上げる風と雨はけっこうきつくなってきた。11:10穂高岳山荘通過、ザイテングラードへ下ると風は止み雨も小降りになる。

残雪が切れ切れに残っており、持参した軽アイゼンを着けるほどではないのだがストックを持っていたらよかったと思う。登ってくるグループが大勢いるので、ガレや岩場では順番待ち。涸沢の手前で雨は一時止んだ。12:20に涸沢小屋前通過。

テント場の間を通り過ぎ、ここからは学生時代を思い出しさらにスピードアップに励む。横尾までは1ピッチ強で歩いた記憶があるが、どうだったかな。追い込んでいく感覚が、面白い。帰りの切符を予約しておくのは、自分のようなぐうたらなタイプには良い方法なのかも。バスに間に合わなかったら、判断ミス、体力の無さなのであり、ペナルティーのようなもの。ゲーム感覚でトレーニングができる。ひとり遊びには、うってつけだ。次回からは積極的に帰りのバスを予約してしまおう、などと考えながら歩く。

しかし、思っていたよりも時間がかかり14:00横尾着。ここも素通りして、徳沢へ。平坦になるので、走ることができれば確実に時間短縮ができるが上高地まで走り切る自信はなく、パワー全快で早歩き。16:00の上高地発バスに乗り込むためには、出発15分前くらいには到着していたいが、かなり厳しいことが予想される。横尾~徳沢、徳沢~明神、明神~上高地がそれぞれ40分で歩ければぎりぎり2時間であるから、最初の徳沢までの様子で、最後を走るか決めねばならない。
 
14:35徳沢着。がんばって急ぎ歩きをしてもこんなものである。気持ちの良い草原にテントが並んでいる。徳沢で休むのがいつも楽しみなのに‥などと考えたら、ここで、足の動きが鈍くなってきた。何か食べれば楽になる気がするが、ここでの5分は大きな損失。悩んだすえ、徳沢をとおりぬけ少し進んだ辺りで、思い切って立ったままザックから大福を2個、牛乳パックを取り出してほおばった。暑くなってきたので手袋もはずす。すると落ち着いて、歩きを再開することができた。

歩き始めて少したったころ、食べ物を摂取したせいか、内臓に血流が集中しているのを感じる。さっきまで暑くて手袋をはずした指が冷たく感じられるようになったからだ。消化が血流を多く使うということを実感する。ヒマラヤの高所キャンプで、流動食(ベビーフード)を利用するという竹内洋岳さんの考え方などは理にかなっていることなんだな、とぼんやりと考えながら歩き続ける。しかし、一方で大福を食べて10分くらい経ったころから、歩きのパワーは確実に上がり楽になってきた。思い切って食べたのも正解だった(ただし、時間に間に合えば‥)。

15:20明神着。通り過ぎて、ラストスパートの上高地を目指す。バスの時間までかなりぎりぎりなので、ここから下りに走りを入れる。熊の鈴をはずす余裕がなく、そのままリンリン鳴らしながら走ってしまった(ごめんなさい)。

小梨平からは、スパートをかけてバスターミナルへ。ここから案外距離があるので、ドキドキするが、なんとか10分前にターミナルに到着。乗り込むバスを見つけ、ビショビショのウエアを着替えることもでき、出発5分前にバスに飛び乗ったのであった!


<行程> 25日(土) 23:00新宿(さわやか信州号)  26日(日) 5:40上高地着6:00~7:50岳沢ヒュッテ跡8:00~8:47カモシカ立台8:55~10:00前穂と吊尾根の分岐(前穂割愛)~10:55奥穂高岳~11:10穂高岳山荘~12:20涸沢小屋~14:00横尾~14:35徳沢~15:20明神~15:50上高地 16:00上高地(さわやか信州号)~22:00新宿着

<交通費> 新宿~上高地(さわやか信州号 グリーン車)8,500円、上高地~新宿(さわやか信州号)6,000円

22 July 2009

7月21日~25日の覚書

21日(火)雨のち曇り 朝起きたら筋肉痛は軽くホッとする。 会社のお昼休みに筋肉痛の話をしたら、年齢を考えると、翌日ではなく翌々日に出るのでは?などといわれる。そうかも。

22日(水)雨のち曇り 朝起きたら猛烈な筋肉痛。動きが不自然で会社まで到達できるのか。やっぱり、年齢には勝てない。よっぽど痛み止めを飲んで出社しようかと思ったほど。代わりに今更ながらアミノバイタルを投入。帰り道に気になったカイロプラクティックの病院へ飛び込み。半年前から気になっている首の痛みを見てもらう。ソフトカイロとのことで、Oリングを利用しながら、ちょっと押したりするだけなのだが、不思議なことに、まわらなかった首が回るように。直感を信じて飛び込んだが、案外良かったかも。皆既日食に関する番組で持ちきり。

23日(木)曇りときどき雨 勝間和代さんセミナー最終回。今回は人生を戦略としてとらえるための方法について。戦術ではなく戦略という概念に目からウロコ。

24日(金)曇りときどき雨 夜母親とディナー。お互いのアクセスが良い場所ということで、恵比寿に決定。いろいろ考えたが若者向けの店かお酒メインの店が多い中、昔からある御鮨屋に入る。二人ともお酒は好きだが量は飲めない。つまみながらビールで、ゆっくり話しができ楽しい時間を過ごす。食後もコーヒー屋で話の続き。昔のウェッジウッドのカップが美しく、イギリスにまた行きたいねなどと話をする。後で父親から電話があり、恵比寿ならもっといい店がいっぱいあるのに、といわれる。恵比寿に詳しい友達に今度聞いておこうとおもう。

25日(土)晴れ 山の天気と地図を見合わせながら山行を検討。先週からの超回復を見込んで今回も標高差のある長いトレイルを歩きたい気持ちが強い。日曜日の東京周辺は晴れなのだが、どうしてもアルプス周辺に目がいってしまう。しかし、北アルプス方面は雨マークが入るエリアが多い。南部の穂高エリアは夕方まで曇りの予報が出ていて崩れるのが遅めのようだ。足となるバスの空き状況との兼ね合いもあり、案外計画立てるのは時間がかかる。最終的に上高地からの入山に決定。新宿発23時のさわやか信州号を予約。今回はじめてグリーン車を予約してみた。妹は実家へ隅田川の花火が見えるかどうか確かめに行くらしい。

扇沢ラウンド縦走(日帰り)

20日(月)晴れ 昨晩のハイウェイバス最終便で松本まで移動、じゃらん最安値で出ていた駅前のホテル飯田屋を初めて利用(一泊4,200円)。以前はステーションビバーク平気だったが、最近は快適に眠る方を優先。駅から歩いて1分という好立地を考えると、お値打ちであり、部屋もまあまあ。スタッフの対応も紳士的で良い。気になったのは、壁に掲示されていた「あずさ回数券割引」の文字。片道6,710円を5,000円で販売するというもの(のちのち役に立つこととなる)。

朝食をとる時間はないので、5時に起床し、外へ出ると思ったよりも雲が厚くがっかり。コンビニで食料を買い込んで6:01分の大糸線で信濃大町へ。

思いつきで来てしまったので、帰りの電車の予約などは無し。信濃大町で掲示されている電車の時刻表をちらりと見て、スーパーあずさ20:00という文字を確認し、20時までに信濃大町へ戻ればOKね、と早合点(のちのち手痛いしっぺがえしとなる)。

信濃大町の駅前に待機しているバスに乗り込み扇沢へ。簡単に準備をして8:00に歩き始める。日差しが強くなってきた。期待したとおり、夏らしい空。針ノ木峠までの時間でピストンにするか縦走にするか決めるので、ただひたすら高度を稼ぐ。大沢小屋を通過し、しばらくすると針ノ木雪渓が見えた!
これこれ、青い空と雪渓と緑のコントラスト。夏はこれでなくちゃ。雪渓手前の沢で休憩。持ってきたタオルを沢の水で濡らし、帽子のまわりにまいて熱中症対策。日焼け止めも塗っておく。雪渓に入り、高度を稼ぐ。軽アイゼンを持参したが、ショートカットのトレッキングシューズで快適に登ることができる。途中、追い越したり追い越されたりのちょうど良い競争相手(?)と一緒になり、さらに加速しつつ峠を目指すことができた。峠には10:30分に到着。扇沢から2時間半でコースタイムのちょうど半分だったので、予定どおり縦走続行を決める。

峠でしばらく休んでいると、雲と風が出てきた。まわりのひとたちが、天気が下ってきたので早く下りようなどと話をしている。10:50、若干不安を感じつつ針ノ木岳へ。学生の頃に後立山縦走の基点に同じコースを歩いたが、思うより距離が長く感じられた記憶がある。おそらく、ところどころ岩の稜線があり、それほど早く歩けないためかもしれない。
11:30 針ノ木岳着。雲が厚く広がってきた。今回は、ザックの肩に付けていつでも取り出せるようにしているカメラカバーを忘れたため、カメラをザックから出さねばならず、時間をくう。また、歩きながら水を飲めるプラティパスのチューブも忘れたので、休憩中に水を取り出す必要があり、これも非効率だ。こういう装備では、1時間歩いて10分休憩のパターンが合理的であることが良くわかるが、先を急ぐ山行の場合は不向き。実質6時間歩いたら、プラス1時間は休憩にとられてしまうことになる。今更ながら、こういうちょっとしたアイテムがけっこう大きく影響したりするものだと実感した。長谷川カップのときにも既に同じことを考え装備を改善したのだが、普通の山で意識し応用していなかった。トレイルランはいわゆる縦走とは別ものと捉えていたという感じ。次回の山行からは改善しよう。

12:00 スバリ岳着。ほとんど人に会うことがない。北アルプスでありながら、静かなのも魅力か。
13:15 赤沢岳着。岩の稜線はなかなか時間が稼げない。特に下りでは、慎重になってしまい鈍すぎる。怖がりの自分は悲しくなるほどなのだが、怖いものは仕方がない。5月に遭難した、憧れのクライマーである伊藤達夫さんらのことを思いながら歩く。今回は出発前から、何故か彼らのことが気になっていた。どの辺りであったろうか、と考えながら進んだ。場所を想像し勝手に手を合わせたりして歩いた。
14:00 鳴沢岳着。頂上には先客がいた。正しくは、途中のハイマツからポリタンクを抱えて人が上がってきた。近くに水場でもあるのだろうか。玄人好みのアライの黄色ザック。風貌はワンゲルか山岳部といった感じ。記録を細かくとっている。「どこまで行かれるのですか」と声をかけると、「今日はここまでです」という。「明日はどちらまで」と聞くと「下山です」という。不思議だなあと思いながら観察する。GPSと資料を見比べながら、記録を細かくとっている。「どちらかのクラブの方ですか」と聞くと「京都府立大です」と。ああ、やっぱり。何か予感どおりだと思った。 
伊藤達夫さんの記録などを拝見していて憧れていました。と話をさせてもらった。途中手を合わせたりしたことも話した。それにしても、ひとりで、テントを背負って、細かい事故記録を作っている姿には頭が下がる。これは本当に大変なことで、真似できない。淡々と誠実に言葉をつなぎ合わせるといった感じで、事故のことなど記録を見せて説明をしてくださった。どこで、誰が見つかったかも教えてくださった。その場所で手を合わせてあげてください、と。まるで、研究者が細かい調査を積み重ねているといった印象であった。お礼をし、先に進む。15:08 岩小屋沢岳を通過し、写真撮影。飴、水を取って先へ。16:20 種池小屋着。周辺は熊が喜びそうなハイマツ帯が広がる。バスの時間には間に合わないので、小屋でタクシーを呼んでおくことにする。小屋の方は快く対応してくださる。予約料1、000円だが、乗車すればその分が相殺されるそうだ。エネルギー切れを感じ始めたので、一気に下山する前に腹ごしらえ。パン2個(600円)を購入し、暖かいミルク(500円)をいただく。
下山ではかなり足が疲れ始めていて、スピードは上がらず。扇沢に下山したのは18:40であった。

タクシーに乗車し、信濃大町までお願いする。四方山話などし、しばらく乗車したところで「どの電車に乗る予定ですか」と聞かれたので「20時のスーパーあずさです」と答えると、それは無理との返事。「20時のスーパーあずさは信濃大町には止まりません。20時松本発です」と。やってしまった。いろいろと方法を考えたが、3連休最後の日でもあり、翌日早朝に東京に到着することも危うく思えてきた。「松本まで飛ばせば、20時10分前ころに到着できる」と言われ、「それでは、松本まで」と、泣く泣くお願いすることとなったのであった。

信濃大町までのタクシーも痛いと思っていたのに、結果扇沢から松本までのタクシー代はなんと13,400円‥。信じられない散財をしてしまう。松本には19:50分着。タクシーを降りた時点で手元にあった所持金は5,000円。これでは、あずさに乗れないので、とにかくコンビニへ走りお金を引き出そうとするも、自分のカードは対応時間外との表示が‥。思いついたのは、宿泊した飯田屋の「あずさ回数券5,000円」。速攻で、猛ダッシュをかけ、なけなしの5,000円でチケットを購入し、あずさに飛び乗ったのはなんと出発2分前であった!


<行程> 19日(日) 21:00新宿(中央高速バス)~23:45松本  20日(月) 6:01松本(大糸線)~7:01信濃大町 7:10信濃大町~7:50扇沢 8:00扇沢~8:35大沢小屋~9:50針ノ木雪渓出合~10:30針ノ木峠~11:30針ノ木岳~12:02スバリ岳~13:15赤沢岳~14:00鳴沢岳~15:08 岩小屋沢~16:20種池小屋~18:40扇沢

<交通費> 新宿~松本(中央高速バス)3、800円、宿泊費(飯田屋)4,200円、松本~信濃大町(大糸線)650円 信濃大町~扇沢(路線バス)1,330円 扇沢~松本(タクシー)13,400円、松本~新宿(あずさ)5,000円

13 July 2009

7月13日~19日の覚書

13日(月)晴れ 柏澄子さんからMJリンクの次回山行のお知らせをいただく。田部井淳子さんを中心に、20代から40代の女性のための山登りサークルのサポートのお誘い。第一回の那須岳からお手伝いをさせていただいている。田部井淳子さんの暖かいお人柄とパワーはあこがれだが、直接ご一緒してすごさがさらに良く理解できた。スタッフの柏さん安岡さんの細やかな心配りには学ぶことが実に多い。このような体制の中で山に行く参加者の方々は山の入門として貴重な経験をされていると思う。今回もお手伝いさせていただくことを即決。

14日(火)晴れ 昼のニュースで梅雨明け宣言。日差し強く蒸し暑い夏だ。

15日(水)晴れ 三連休の山行について下調べ。縦走したいが天気次第。

16日(木)曇り 帰路、花屋でアナナスを見つけ、あまりの美しさに悩んでいたら、なんと偶然にも妹が同じ花屋へ友達の誕生祝の花束を買いにきた。優柔不断な私を見かねて、良いと思ったら買ったほうがいいよとアドバイスを受けゲット。水遣りが少ないので、私でも育てられるかな。それにしてもきれい。

17日(金)雨のち曇り お茶の稽古。卯の花の手前。茶箱を使った平手前だが、久しぶりの手前に、私も友達もぼろぼろ。茶箱の基本手前なのに、これはどういうことか、と先生はご立腹であった。次回は雪の手前をすると予告あり、予習は必須である。

18日(土)曇り 三連休予定していた山行は後立山を予定していたが、天気予報を見る限り楽しめるとは到底思えず。他に候補の山域地図を眺めつつ天気をチェックするが、どこも雨でモチベーションは下がる。かといって、近くの低山へという気持ちに切り替えることもできず、地図と天気予報を見ているうちに時間が過ぎる。

19日(日)曇り 20日の晴れが予想されるので、ばたばたと夜行日帰りの準備。夏の高山の空気を感じたい気持ちは抑えられず、扇沢から針ノ木雪渓を経由して爺ケ岳手前の種池小屋から扇沢のラウンド。ただし、突っ込むと途中からエスケープできないので、針ノ木峠までの時間によって、ピストンかラウンドか決めることとしておく。少なくとも、コースタイムの2分の1くらいで到達できなければ。高速バスの最終便に飛び乗って松本へ。

5 July 2009

7月6日~12日の覚書

6日(月)雨のち曇り 夜スペインの山友とメール。彼は秋のシシャパンマを予定していたが、コンディションがあまりよくないので参加を検討中。家の裏にある岩場の写真を送ってくれた。早く遊びに来い、という。家の近くにこんな良い環境があるとはうらやましい。去年一緒に登ったペルーのチョピカルキ峰では体力あり順応良く、あおられっぱなしであった。聞いてみたら毎日昼に水泳、夜にランのトレーニングをしていると言っていた。5年前のコスクラック峰では私の方が強かったのに。去年は年のせいにしたが、地道な努力に敵わないのは当然なので、自分の努力不足。

7日(火)晴れ 久しぶりの晴れ。太陽はいつの間にか夏の日差しに変わっていた。めずらしい方から2件のメール。1件はムスターグ・アタで出会った英国のカールと数年ぶりの連絡。彼は今も年に1回は「冒険」してるけど、あとは子育てに追われているとか。もうひとつ、数年前に富士山のトレーニング中に出会った元気なお爺さんのお孫さんからメール。お爺さんとの会話の中で富士山の途中で出会った私の話が出て、ネットで探し当ててくださったそうだ。今年はお爺さんと一緒にお孫さんも富士登山を計画しているそうだ。美しい切り絵を作る山好きのお爺さん。お孫さんと繋がるとはびっくり。ブログをやっていたお陰か。

8日(水)雨 なんと役員の上司から「今年の夏休みの申請はいつにするのか」と確認あり。切り出すタイミングを悩んでいたところなので、10月の取得を考えているが、調整可能かお伺いを立てる。10月の展示会がキャンセルとなったこともあり、OKの返事。現在の上司も、2年前に交代した以前の上司も、調整できる範囲で休暇を快く承諾してくれる得がたい環境。仕事は仕事、プライベートはプライベート、と両方とも大事であるという価値観。こんな会社はおそらくあまりないだろうと思う。恵まれているのだから、無駄にしてはいけない、と自分を反省。 よりがんばらねばいけない。

9日(木)雨のち曇り 夜、岳人9月号掲載予定のヨガの原稿を書き上げて編集部のFさんとIさん、志津さんあてに送付。字数が決まっているので、その中にまとめるのは案外難しい。原稿を送るときは、いつもドキドキ。

10日(金)曇り 母校山岳部で行われる年一回のOB総会へ。現役の活動が活発であれば、会費の出費は多くなる。学校から補助金が出るわけではないので、全てOB会費によっている。10年近くやってきた会計の係りを今回で交代してもらうことになった。後輩に、と思っていたら、なんと大先輩が交代してくれることに。恐縮。古いOBの話は面白い。2月の剣に早月から頂上までテントを上げ、長次郎を首まであるラッセルをしながら下り六峰Cフェースを登った話。本当に2月だったのか、とか、本当に首まであるラッセルをして沢を下ったのか?とか突っ込み所満載の信じられない武勇伝である。

11日(土)曇り 野暮用にて家で作業。

12日(日)曇り 野暮用にて家こもり、夕方都議選の投票へ。投票率良く、動きが出そうな気配。

2 July 2009

7月1日~3日の覚書

1日(水)雨のち曇り 上半期が終わり今日から後半戦。毎年7月1日には会社の全体集会が開かれて、景況と会社業績などなど門外不出マル秘情報の説明を受ける。今年は本当に厳しい状況が予想され、耳の痛い話もあったが、何事も改善し良い方向へ変化させていくしか道はない。真っ当な判断力を基準に、日々の波に動じることなく淡々と誠実に仕事をこなしていくこと。そうありたいと思うが、なかなか難しい。幸い、ロールモデルと信じる女性の先輩がいるのは、実に幸せな境遇であると思う。長年学ばせていただいているが、裏切られたことは一度もない。判断に迷ったとき、この人ならどう対応し考えるだろう、といつも参考にさせてもらっている。

2日(木)雨のち曇り 夏休みの仕事調整。今年は可能なら夏休みを秋までもちこしたいと考えている。周りとの仕事調整がスムーズに運ばないようだったら、すぐあきらめるつもり。ひとり目の上司に相談すると、第一希望のシーズンはさすがに渋い顔。第二希望であれば調整付きそうな雲行き。そのためには、さらに上の上司に相談せねば。休みの調整は言い出すまでが一つ目の関門。帰りに、いつも行かない丸善の本屋に立ち寄り。さすがに小さいながらもビジネス書関係が充実しており、面白い本をいくつか発見し早速購入。中でも、マズロー「完全なる経営」は翻訳が大変読みやすく、面白い。かのマズローが経営の本を書いていたのを初めて知るが、帯を読むとドラッカーもこの本から影響を受けたといわれているらしい。

3日(金)曇りのち雨 休暇の調整を切り出そう、と様子を伺っているうちに言い出せず。昼には、パートで働いている同僚の女子から、正社員と異なる休暇支給日数についての文句を聞き、暗い気分に。休暇というのは、仕事の調整ができると同時に、同僚の理解がなくては取れなくて、周りの人の善意に寄るところが大きい。幸い、長く勤めている女の先輩は個人主義。それに助けられ甘えてきた部分もあった。しかし、若い同僚の言い分はもっともで、それに対して、どう対処したらいいのか難しい問題だ。新たな悩み勃発といった感じ。 帰りは、ブログでリマインドされた勝間和代さんの新刊MOOK本「まねる力」をゲット。となりのカフェで一気に読了するが、編集部の意見が色濃く反映されている印象。内容が一般化されていて勝間イズムを期待した読者にとっては、物足りないのではないだろうか。でも、ファンとしては立ち読みではなく買います。もう一冊、東洋文庫版イザベラ・バード「日本奥地紀行」も悩んだ末に買ってしまった。上製本で装丁が美しく、本の内容にぴったりだから(本の形が美しいから買う、というのもありです=会社の機械も売れないと!)。2冊あってもいいじゃないの。そういえば、後日談で熊沢正子さんに「どうしてイザベラ・バードは山形を桃源郷って言ったのでしょう」とお伺いしたら、「それまでの旅が過酷すぎたからじゃないの?」とのことであった。

4日(土)曇り 野暮用あり家で仕事。曇りのち雨の予報だったので、あきらめて家仕事の予定だったが、一日曇りで、ちょっと残念。

5日(日)曇り 来週の山岳部のOB総会を前に、会長、監督を中心に事前の内部打ち合わせ。現在部員は2年生一人しかおらず、いろいろ考えねばならない問題山積。現役はヤル気あり、入部したばかりの白馬の新歓合宿のテントの中で、すでに将来やりたいことなどを語ってくれたほど。2年生ながらJAC学生部の遠征に参加予定。個人的にはいろいろ思うところはあるが、現役の意思に添うことが大事であるのだろう。しかし現監督の苦労を考えると、頭が下がる。2年後輩にあたる彼は、現役時代から人間ができていたが、なかなかまねのできない仕事ぶり。バランス感覚は見事。三つ子の魂なのかな。先輩から「今年はさすがに外には行かないだろう?」と質問されたので、調整がつけば行こうと考えている、というとあきれた顔をされてしまった。この大変な不況の年に?ということであろう。