8 August 2011

ペルーから帰国しました!

ペルーから帰国しました!7月25日に順応でピスコ峰(5,752m)、7月30日にアルパマヨ峰(5、947m)フレンチダイレクトルートから登頂しました。

アルパマヨ峰(5,947m)
ほぼど真ん中を頂上へ抜けるルートがフレンチダイレクト

そもそも、アイスクライミングを始めようと思ったのは3年前のペルーの登山でチョピカルキ峰(6,354m)を登ったときでした。チョピカルキもボリュームがあってとても美しい山です(ペルーの初登山にこの山を選んでよかったと思います)。でも、まわりにはさらに険しく美しい山々が聳えていて、心が躍りました。でもそれらの美しい山に登るには氷壁の技術が必要で、美しい山に登るために一昨年と去年はアイスクライミングを学んだのでした(むろん、アイスクライミングは2~3年程度では学びきれない深い分野で、まだまだやるべきことが山積みです)。でも、そうやって試行錯誤して歩んだ道から期せずして得たもは沢山あって、多くの場所や人と出会い繋がってきたり。豊かな道のりでもあったと思います。過去10年以上にわたって続けてきた高所登山はとても美しい世界で、それが心から好きで続けてきて、ことさら難しいルートだとかに興味があったわけではない私だったのですが、そんな私をも動かすだけの美しさがペルーの山だったんだと思います。

今回は、3年前に一緒にチョピカルキを登ったスペインの友達と一緒に登りました。当時「次はこの美しい山に登りたいなあ」と話し合った写真がかけられているある古びたカフェがそのままあって、なんだか不思議な気分になったり。今回は、2人で登る準備をしてでかけたのですが、2週間前にアルパマヨでポーランド人の事故があり、ガイドナシではロジスティクスの手配はできないとのことで、ガイドをお願いしました。2人だけなら途中敗退もあり、と思っていたのですが、実際に高所でのクライミングをしてみると、2人だけだったら敗退した可能性は高かっただろうなと思います。このようなルートではスピードが命であり、実際の今の実力でなんとかがんばって登れないことはないとしても時間がかかっただろうと。時間がかかるということは、危険に自分たちを晒すことでもあるということがよくわかるルートでした。

美しい山を登るのは、それも余裕をもって楽しんで登るにはどうしたらいいんだろう。引き続き考えたいと思います。

そして、今回改めて私は、美しい山々と、それをとりまく自然や文化と、そして、そこに登ろうと志すクライマーが大好きなんだなと思いました。それでも、こんな風に遊ばせてもらえるのはまわりのお陰で、心から感謝しています。ありがとうございました。


不在中はご不便をおかけいたしました。

10月太陽寺でのヨガリトリート引き続き受付中です。

10/22(土)~10/23(日)
奥秩父三峰口から入山し標高850mに位置する太陽寺で一泊二日のヨガリトリート。住職手づくりの料理と座禅もあり、自然の中でゆっくりと自分の心と体に向き合います。
講師:恩田真砂美 
Fee:16,000円(一泊二食、ヨガ、座禅、プチハイク※宿泊は大部屋)
問合せ&申込み:yogamasami★gmail.comへ(★を@に変えてお送りください)!

16 July 2011

【告知】ヨガリトリート@太陽寺

10/22(土)~10/23(日)

奥秩父三峰口から入山し標高850mに位置する太陽寺で一泊二日のヨガリトリートをします。住職手づくりの料理と座禅もあり、自然の中でゆっくりと自分の心と体に向き合います。

講師:恩田真砂美 

Fee16,000(一泊二食、ヨガ、座禅、プチハイク※宿泊は大部屋)

場所:太陽寺http://www.taiyoji.com/abouttaiyoji.html

問合せ&申込み:恩田真砂美不在のため7月16日(土)~8月7日(日)までは太陽寺へ直接お申し込みください。

太陽寺 電話)0494-54-0296

※8月8日(月)以降のお返事でよろしければ、恩田真砂美yogamasami★gmail.comへ(★を@に変えてお送りください)!

24 April 2011

富士山

4月24日(日) ケイさんと予定していた不帰の雪稜は、天気大荒れのためキャンセル。温泉アタックでもいいよね、と言っていたけれど、車に便乗させてもらう予定だった別ルートを狙うホンモノのクライマーたちはもちろんこの天気で現地まで行く理由はないので行かないことになった。天気は徐々に回復の兆しだったので、日曜日だけでもどこか行こうかと相談。以前からお会いしたいと思っていた素敵な女性クライマーの方が富士山に向かうということで、2人で便乗させてもらうことになる。天気は回復傾向にあるとはいえ、強風が予測されたので、無理しないで行こうねということで出発。23日(土)夜出で富士山へ。夜は道の駅でテントを張り宿泊。初めてお会いするユッキーさんは、思った通りとても素敵な方ですぐに打ち解けうれしかった。翌朝馬がえしまで車で入り、吉田口から登り始める。3.11の地震により倒れたと思われる灯篭など多数あり影響の大きさを目の当たりにする。登るにつれて根雪がツルツルに氷化している個所が多くなり、私たちは早々にアイゼンに切り替えてさくさく進むことにした。佐藤小屋を超えたあたりから、冷たい風と、突風など。「富士山というとトレーニングのイメージが強い(学生時代から毎年雪上訓練に来ていたためだ)」と私が言うと、ケイさんは「私はトレーニングに何をしているのかと良く質問されるけれど、自分の中にはトレーニングの概念はない」という。どんな山でも本番なんだ、と。良く考えると私の場合は逆で、どんな山でも次へのステップというか、常にトレーニングをしているような気持ちでいることに気づく。雪の時期に吉田口から登るのは久しぶりだ。富士山にトレーニングに来るときは1人が多いので、御殿場口から登るのがほとんど。御殿場口は吉田口に比べて傾斜が緩く、1人でもそれほど怖くないというのが理由なので、吉田口はやはり緊張感がある。七合五尺の鳥居をくぐると風が強くなってきた。時折突風もあり、頂上は雪炎が舞っている。3人で話し合い、ここで折り返し下った。

17 April 2011

大磯の里山へ

4月17日(日) Hitsuji Project Survival Night 2の場所探しのため相棒のHitsuji-Sちゃんと2人で大磯へ。次回は実際に着の身着のままでのビバーク(野営)を予定しているので、なかなか適した場所が見つからなかったのだが、先日原宿のマクロビレストランMominoki Houseでお会いした中里さんから「よければ大磯のウチの土地を使ってよ」ととっても有り難いオファーをいただき、早速下見に行くことになった。中里さんは大磯でEpinardという素敵なお家兼イベントハウスを運営していらっしゃって、大磯の土地を愛し約20年前から都心からこの地へ移り住んでこられたのだという。ラダックのレーで出会ったリッキーちゃんも一緒に裏山を下見がてら散策。神揃山という、地元の5つの神様が年に1回5月5日に集まってくるという山がある。なんともすーっと清らかな空気のある場所で、明らかに良い気が流れているのを感じさせてくれる場所であった。Hitsuji-Sと私はこの場がとても気に行ったのだが、公の場所でありサバイバルナイトという、ちょっとヤクザなイベントをやるにはそれなりに交渉が必要であることがわかった。

中里さんにガイドをしていただき、大磯の里山を散策。暖かな太陽の日差しの下で、ミカン畑や牛舎や畑やジギルとハイド氏の朽ちかけた邸宅や、大きな松ぼっくりがなる木やいろいろの間をぬって歩いた。今度は海を見に来よう。そのうちにリッキーちゃんがお好み焼きパーティーをやってくれるかな。

16 April 2011

Hitsuji Project Survival Night 1

4月16日(土) Hitsuji Project第一弾企画 大震災チャリティーイベント「サバイバルナイト1」を原宿デザイン・フェスタギャラリーイーストにて行った。

Hitsuji Projectは、柏澄子さんと私の2人のコラボレーションユニット。去年の夏に乳頭山から八幡平まで青い峰々を縦走中に、アウトドアを楽しむ人たちがもっともっと幸せになるようなことがしたいね…という話から始まった、ゲリラ的活動ユニットなのだ。東北での震災を機に、私たちができることはと考えて第一弾の活動としてチャリティーイベントを行うことになった。

3月19日の私の誕生日の日、柏さんが「今回の震災のために何かできることがないかと考えているんだけど」と切り出したのがはじまり。そのとき私も数日前に歯磨きをしながら「自分ができることで何かできることはないか」思い巡らせていたときに思いついたアイデアがあり、「着の身着のままで夜を過ごすというチャリティーイベントをやってみたいと思っていたんだけど…」と切り出したところ、意気投合。すぐに喫茶店に駆け込んで企画を練ったのだった。一緒に活動したい人たちの予定を確認したり、お互いの仕事分担を振り分けたり。柏さんとはMJリンクなどで一緒に仕事を重ねているので、だいたい要領がわかるのでとても仕事がしやすい仲間(というか彼女がとても優秀であるがゆえ)なのだ。お互いが自然に補完しあいながら仕事を進めることができる貴重な仲間。2人でひとつのプロジェクトができる仲間。だからHitsuji Projectでは、Hitsuji-SとHitsuji-Mとして藤子不二雄みたいにやっていこうということになった。

2人の共通の友達でとびきり素敵な人たちにラブコールを送り、柏さんの友達で以前からHitsujiの活動に協力すると宣言してくれていたガーデンデザイナーの香代ちゃんにもぜひ植物の話をしてもらおうという話になり、みんなの予定を確保しつつ平行して内容を決めていった。でも、会場を探す段になるとさすがに震災直後で「着の身着のまま」を受け入れてくれそうなところが見つからず、また、リスク管理などを考えると私たちの側にも準備期間が少ないため、今回は「生きること」のヒントとなるようなメッセージのあるスライドトークを加藤直之さん 長濱香代子さんにお願いすることになった。

それでも、やっぱり会場探しは大変で、調べて問い合わせての繰り返し。お陰で東京都内のイベント会場についてかなり詳しくなることができるほどだった。最終的には値段や場所やもろもろを天秤にかけたうえで原宿に決めた。

当日お二人のスライド&トークはとてもすばらしかった。最後に行ったオークションでは会場に来てくれた方々が思いの品を出品してくれ、来れなかった方からも手づくりのバッグなどバザー品を提供していただいたりした。柏さんの知人の某大手企業さんからは濡れても大丈夫なシリコンのコインケースなどを提供していただいたり。有り難いことである。

というのが、ちょっと裏話。正式なレポートはHitsuji Projectに書いたので、よろしければ覗いてくださいね。

WFAウィルダネスファーストエイド

4月14日~15日 群馬県でウィルダネスファーストエイドを受講。参加者は野外活動関係者がほとんどでしたが、意識が高く刺激の多い講習会でした。講師のDavidは、無駄がなく、経験に即して分かり易く、そして楽しいという3拍子揃った講義。参加者のみなさんともしきりに「楽しかったねえ」と話し、次回も会いましょうね、と言ってわかれました。去年受講したWFAの良い復習になりました。

29 March 2011

アイスクライミング講習会

震災以降予定していた週末の山行きは、余震もあり全て様子見をしていた。昨年の末に申し込んでいた、廣瀬憲文さんのアイスクライミング講習会は実行するということで、八ヶ岳へ。

3月25日~26日 おそらく今年最後のアイスクライミング。アイスに詳しく経験の深いガイド廣瀬憲文さんの講習会に参加しました。一度しっかり基礎を教わりたいと思っており、多様なロープワークから登り方まで内容の濃い2日間。廣瀬さんの講習会で驚くのは、60や70歳の女性講習生の技術が高いこと。登りも美しく、バーティカルを登っても、続けて何本も行けるほど強く、体が出来上がっていてとても素敵。こんなふうに登り続けたいなあ、と勇気づけられます。はじめて宿泊した、赤岳山荘はうわさどおり素晴らしかった。おばちゃん手づくりの食事の美味しさは、他では味わえないかもしれません。

震災後、3月最終週に八ヶ岳にもやっと少しずつ人が戻ってきたという話を聞きました。

6 March 2011

MJリンク初雪山@八ヶ岳


3月5日~6日 MJリンクで初めての雪山企画を実施しました。これ以上ないほどの晴天に恵まれた1日目。一泊二日日帰りの2組にわかれて黒百合ヒュッテ周辺で雪と青空を楽しみ、2日目は強風の中を天狗岳を目指しましたが、厳しい状況のため登頂は断念しました。みなさん、下山時は足取りもしっかりと、雪山に慣れることができた、良い2日間でした。

27 February 2011

雪山ヨガ@沼尻高原ロッジ

2月25日(土)~26日(日)

沼尻高原ロッジにて、雪上での山ヨガを行いました。女将の田部井裕美さん企画の、女性だけのスノーハイク&ヨガ。毎回、とても楽しい会でリピーター率も高く、1人で参加してもすぐ馴染むアットホームな企画です。美味しい食事に温泉、スノーシューにヨガなどなど盛りだくさんの素敵なリトリート。

※現在、大震災によって沼尻高原ロッジの極上の温泉が管の故障で使えなくなるなど影響があるそうですが、来る日に向けて準備中とのこと。これからは、私たちが福島を盛り上げて行けるよう、どんどん素敵な沼尻高原ロッジに遊びにいきましょう!

14 February 2011

北海道Dry+Ice珍道中ツアー

2月12日(土) 北海道で行われたKamui Meetingに参加。日本のアイスクライミングトップコンペティターである奈良誠之さん吉田貢さん、アイスを知り尽くした旭川山岳会の石井昭彦さんらのホームエリアであるカムイコタンを自ら紹介するという贅沢な企画だ。カムイコタンには、現在日本でドライツーリングの最高グレードであるM11-のルートがある。一般公開するにあたってドライツーリングの概念や登り方などを含めて、きちんと紹介したいという趣旨で企画されたようだ。

以下オフィシャルホームページに開催の趣旨が掲載されている。URLにはトポの掲載もあり。 ********************************************************************************
北海道旭川近郊の神居古潭に古くから登られているカムイ岩がある。 南面東面をフリークライミングエリア、川沿いにボルダリングエリアを持つこの岩。私たちは北面にICE&MIXクライミングのエリアを開拓した。日本はもちろん世界でも珍しい、ICE・MIX・フリー・ボルダーの混在するこのエリアで、双方に問題が起こらず、また安全にクライミングが楽しめるよう、北面のルールを提示し末長くエリアが成立することを目標、目的とする。また雪国北海道で暮らす上で、冬季間のクライミングとしてICE&MIXの楽しさを未経験者に触れる機会を提供したい。 ********************************************************************************
北海道のクライマーには、飛びぬけた強さとそれだけじゃない人間的な魅力を感じるのはなぜだろう。趣旨を見てなるほどなあと思った。愛情と情熱にあふれているからかもしれない。

本州からは、マニアコンペティターの清水智史さん、憧れの美人クライマー安達苗穂子さん、抜群のセンスでメキメキと力を上げている越友宏さんの3名のトップアスリートのお仲間に入れていただけることになった。清水さんとは初対面。ブログではマニアックなギアに対する知識や激しいトレーニングを紹介している方なので緊張したが、お会いしたらとてもソフトな方でほっとした。今回の旅は、清水さんの細やかなアレンジにすっかりお世話になる。 同じフライトを予約して、羽田で合流。札幌経由で旭川へ向かう。

北海道上空は良い天気だ。
はじめての旭川空港。温度計は…実際はこれよりもすこし気温低いような気がするけど。 清水さんが手配して下さった格安のレンタカー。 かの有名な旭川秀山荘に立ち寄ってから、カムイコタンへ向かう。左方向に見える岩肌がそうかな、と話しながら手探りで進む。 橋には既にトレースがばっちりついていた。 ひたすらトレースを進んで行く。 目前に大きな岩場と準備中の皆さんの姿が!前日から北海道入りしている、大好きなコンペティターの大前夫妻が既に登っていた。かなり本気なクライマーカップルで、いつも神々しいものを感じる。 準備の合間にフィギュアフォーの練習をするクライマーもあり。 トップロープをお借りして、思い思いに取り付く。清水さん、安達さん、越さんはいい感じで上部まで突破していた。私はドライに慣れるのに良いという細かいホールドを繋げるスラブ系のルートを登ったあと、ハング越えがあるM9のアペに取り付くがハングを越えられず。すぐにパンプしてしまう。 夕方日が暮れるまで遊んで下山。途中うわさの滑り台ルートから下りる人もあったが滑落のような勢いで滑る姿を見て、早々に一般ルートをとった私。ドライのルートでいっぱいいっぱいなので遊ぶ余裕なし。 すっかり日が暮れて登山口に到着。 そのまま、車で移動して奈良さんのとっても素敵なご自宅へ移動。木のぬくもりあふれる噂のお家だ。軒先にはもちろんボードが設置されている。本州からの参加者は、シュラフ持参にでお世話になる。 夜は近くのお食事処へ連れて行ってもらう。 焼き鳥やそばやいろいろなものがむちゃくちゃ美味しいお店だった。本当に驚いたのは、奈良さんに勧められて食べたかけそば!北海道の居酒屋でわざわざそばを食べる…半信半疑だったが、びっくり。価値のある逸品だった!また食べたい。話題は、日本のアイスコンペが開かれなくなった今、今後の方向についてなど。来年は韓国に行くとか行かないとか…?はじめてへ社の社長ともお会いすることができて感激した。写真はうまい焼き鳥。背景を飾っているのは、イケメン+最強クライマーの吉田さん(焼き鳥にピンを合わせてすみません…)。
食後は奈良さんの家に戻り夜遅くまでクライミング談義に盛り上がるクライマーたち。激しいトレーニング話にはただただ圧倒される。最強の奈良さんでも、ひとり黙々とトレーニングをするのはつらいこともあるらしい。それだからこそ、奈良さんは仲間づくりを大切にしてきたのだろうし、強い仲間を増やしていけたのかもしれない。やっぱり情熱と愛情があるのだ。底抜けのやさしさと、強烈な負けじ魂が共存しているような感じ。スケールがでっかいなあと思う。なんてカッコいいんだ!!!
2月13日(日) 予報を覆して、良い天気となった日。この日、明らかに普段山登りしないよね…?と思われる若い人たちも沢山集まって60人以上が集まった。受付を済ませ、貴重なトポをもらう。 今日のスケジュールはパウチされて木にかけられている。 地元の山岳会の人たが揃って協力をしてくださっていて、まるでお祭りのようだった。前夜からテント泊で準備してくださった方々も。暖かいお汁粉や雑煮が振る舞われて、めちゃくちゃ美味しかった!やさしさが身にしみるようだった。本当に強い人たちは、やさしいのだと思う。やっぱり北海道は暖かい。 レンタルのギアなども揃えられて、老若男女、経験の差もなく思い思いのルートに取り付く。生まれてはじめてドライルートに取り付くという人も(多分それが大多数)、結構みんな上部まで登ったりしていて、すごいなあと思う。私も、積極的にルートに取り付いてパンプするまで登ることにした。ハマりそうになると、地元のクライマーの方からのアドバイスがあったり。うれしかった。 しかし、ドライルートのリードって…。今回はすべてトップロープを設置してくださっているので気楽に取り付いているけれど、これをリードで登る緊張感といったらどうだろうと想像してしまった。 途中、奈良さん自らのドライツーリングの解説や吉田さんのデモンストレーションなど。トップアスリート自らの解説に真剣に聞き入る参加者たち。 また、暗くなるまで登りつくして下山。 奈良さん吉田さんに心から感謝して、一緒にむちゃくちゃ美味しいお米と魚の定食を食べてお別れ。

ひきつづき、この日は、層雲峡の麓まで移動してこれまた清水さんが探してくださったひとり3000円の温泉宿 銀泉閣に宿泊。相部屋だが、キレイで広くて100%かけ流しの素敵な宿だった。さすが。
2月14日(月) この日も天気良し。有名な銀河の滝の前で写真撮影。いつか登ってみたいなあ。 夜の便で帰京予定のため、あまり時間なし。パラグーを目指して進む… しかし、手書きのトポの位置関係がなかなかつかめずに、行きつかない私たち…。ああでもない、こうでもないとルートを探す。
昨日お会いした環境省の地元レンジャーをしている井上さんに偶然お会いしてアプローチがわかる。越さんの臭覚が正しかったことが判明。ラッセルをしてやっとパラグーに到着した。 清水さんリード。かなり慎重に登っている。かなりきわどいリードで突破。手に汗握ってしまった。悪そうだし、垂直だし、あれだけのルートを突破するのは、登攀能力もさることながら精神力がなければできないなあと思う。登り方を見ていても葛藤を感じたし、イケイケなだけじゃない慎重さがあった。続いてトップロープで越さん、安達さん、もちろん美しい登り。でも、それなりにしょっぱかったと言う。そして、私はなぜか最後にロープを回収しなければ!という責任を感じて、時間がない中、なりふり構わずなんでもありの引き上げまで動員してとにかく自分の力一杯の速さで上まで抜ける。終了点についたら、腕はパンプしまくっていたが、とにかく早く回収しなければという思いで、必死でロープを手繰り、懸垂用にセットして下る。はー。あれほどのパンプを未だかつて味わったことがなかったかも。登攀の詳しい状況は清水さんのブログを参考にしてください。 飛行機の時間があるので装備をブチ込んでさっさと下る。が、さらなる難関が待ち構えていた!駐車場に止めてあった車がなんとバッテリーがあがってしまっていたのだった。必死で近くの国道を走る車に助けを求める。運よく止まってくれる親切な車があり、なんとかバッテリーを戻すことができた。

刻々と迫る飛行機の出発時刻…。いろいろな方法をシュミレーションするも、ある時点で、これはもう間に合わないということで、チケットキャンセルと買い直しの手配を電話で行いつつ飛行場へ。かなり痛い状況となってしまった。

それでも、今回のメンバーの楽しさは底抜けで、終始笑いでお腹が痛くなるほどだった。特にムードメーカーの安達さんの存在は大きかったのだと思う。清水さん、越さんも本当に本当に素敵なのだった。ありがとうございました。楽しすぎました(笑)。

メンバーに感謝し、またいつか一緒に旅ができたら楽しいだろうなあと思いながら帰路につく。

本当にみなさん、ありがとうございました!

6 February 2011

錫杖岳デビュー

本当に面白い山行だったので、大事にしているうちにもうひと月以上経ってしまった。そろそろ書かなきゃ。

2月4日(金) 新高円寺から中野で電車を乗り間違えてしまい、予定時刻10分遅れて21:40に武蔵小金井着。今回のパートナーである谷口ケイさんと合流。おなじく錫丈へ向かう坂本健二さんの車に便乗させていただき移動、途中で中島健郎さんも合流新穂高温泉へ向かう。ケイさんと坂本さんはアルパインに良く一緒に行っている仲間。今回は4人で一緒にテントを張ることになっている。

今回ケイさんとどこか登ることになり、大谷不動か錫丈で計画を立ててみたが、一緒に行ける人(ケイさんも私も車を持っていないので制限がある)との兼ね合いなどで、錫丈となった。以前から行ってみたかった私は、大喜びでルートを調べたが、行けそうなのは3ルンゼくらいしかない気がした。

夜中1時過ぎに到着した新穂高温泉のバスターミナルのトイレでビバーク。初見参の私以外は、みななれた手順で寝る体制に入っている。私はまわりの様子をうかがいながら、寝る準備。

2月5日(土)4時起床。テルモスのお茶を飲みながら朝食をとっていたら、みなの行動に後れをとってしまい焦る。とにかく車に一度荷物を詰め込み、登山口近くの駐車場へ移動。そこで、再度パッキングなど体制をととのえて出発準備をするのが手順のようだ。
4:40頃暗い中を出発。車道から急斜面の登りとなる。わかんも持参しているが、トレースがばっちりと残っていたので、歩きやすい。宿泊装備、登攀具などずっしりとくるザックの重さで息があがるが、これも楽しみのひとつだ。

途中一回渡渉があるが、ここで水に浸かってしまうとアウトなので緊張しながら通過。あとは、ひたすらトレースを上へ。約3時間弱でクリヤの岩小屋着。先に到着した坂本さんと中島さんが岩小屋の下にテントを設営してくださっていた、それを引き継いで彼らに先に登攀へ出発してもらう。快適に生活できるよう、ケイさんと一緒に雪面を整地してテントをしっかり建てる。荷物を整理していざ取り付きへ。予報ではあまり天気がよくなかったのだが、雲があるとはいえ、晴れ間が見える。
8:20頃3ルンゼ取り付き。ケイさんトップで、特徴的な形状の岩のルンゼを進む。60m一杯にロープを伸ばしてコールがかかる。トライカムなど上手にセットされたリードに感激しつつ登る。さすがだ。自然物を利用した登りは、その人の登りが直に感じられて、フォローしながらわくわくうれしい気持ちになる。ビレー点についたときは、「すばらしいリードだったね!」と思わず言ってしまった。
3ルンゼの取り付き
良いリードを見ると、登りたいというモチベーションが高まってくる。2ピッチ目はIV 級程度の岩から始まるのだが、ホールドが細かくとても微妙なムーブで、2mくらい落ちてしまった(本チャンでほとんど落ちたことはないのに‥)。幸いモチベーションは衰えなかったが、あっさり人工にして乗り越えることにした。岩場から雪壁へ。雪を払いながらブッシュで支点をとりながら登る。60m一杯に伸ばしてビレイ。
2ピッチ目
ビレイ点に到着したケイさん。良い顔だ。
3ピッチ目ケイさんリード。チョックストーンを回り込み、大きなムーブでさらに上部の雪の廊下へ。本来はそろそろ氷が出てくるはずなのだが、まったく氷の気配がない。時期によっては、スクリューでばっちり支点がとれるはずなのに。
3ピッチ目
岩穴のような場所でケイさんのビレイで4ピッチ目。逆層の岩場で悪い。早々に人工にしてしまうが、人工から岩へ乗り移るところで、滑る。アイゼンの爪がしっかり載せられるようなスタンスがないのだ。右や左を試すが、非常に難しく、お手上げなので、ケイさんにリードを代わってもらう。ケイさんもしばらく試してみるが、やはり悪いと言っている。以前登っているはずなのになー、というが、ずいぶんと様子が違うようだ。あまり無理することもないので、ここで敗退。
3ピッチ目終了点から懸垂下降
テントに戻って水用の雪を準備して、私はテントの中で水づくり。ケイさんは水場を探してくる、と出かけていった。しばらくして、水場があったよ、と戻ってきた。暗くなりはじめてから、坂本さんと中島さんが1ルンゼから戻ってきた。とても状態が良かったらしい、1ルンゼはチャンスだと言っている。ケイさんは以前1ルンゼを敗退しているということで、登りたいようだ。夕食は、ケイさんが準備してくれたクリームシチュー。具がいっぱいで、とてもとても美味しかった。

2月6日(日) 外は星がきれいで、天気は良さそうだった。今日は1ルンゼに向かうことにする。1ルンゼは陽が当たるので、氷の部分は早いうちに登らないとちょっと怖いかもしれない。
1ルンゼ取り付き
1ピッチ目、ケイさんリード。途中、スクリューも効き良い感じでロープが伸びる。フォローすると、氷が狭まっていく部分がけっこう悪く、良くリードしたなー、と思う。ケイさんは、悪いところが得意らしい。
1ピッチ目
2ピッチ目は雪のルンゼから、傾斜のある岩と氷のミックス。ミックスに入る部分に残置の下降用アンカーがあるので、何かあってもここで止まるだろう、と先へ進んで行く。しかし、上の氷は甘く薄い。右手のクラックにロックスをセットしていくが、イマイチな感じだ。それでも、モチベーションは高く、楽しんでロープを伸ばす。ひとつ上の残置支点でビレイ。確保していると、ドンッと上部から音がして雪崩が落ちてくるのが見えた。あわてて岩陰に身を隠し、ケイさんにコールすると大丈夫!と声が返ってきてホッとする。暖かくなってくるにつれ、上部の雪が崩壊して頻繁に落ちてくるようになっている。大きなのが来なければ良いがと祈るような気持ちになる。ケイさんが登ってきた。「このピッチなかなか面白かったねー!でもロックスははずれてたよ!」と言われてしまった。反省。今後の大いなる課題だ。
2ピッチ目
3ピッチ目。ケイさんリード。どんどん暖かくなってきて、氷がゆるくなっている。ケイさんはリードしながら、「悪い」と言っている。岩の方へ逃げたらいいんじゃないか、とか下から勝手なことを言う。そこまで行くのも悪いようで、かなり慎重に越えてコールがかかる。フォローしてわかったが、これは実に悪いピッチだった。暖かさで氷が解け始めており、アックスを刺してもアイゼンを刺してもどこもぐずぐずな感じなのだった。さすがに悪いのが得意なケイさんでも、これは怖かっただろうことがわかった。
3ピッチ目
4ピッチ目、私がリード。アンカーはスクリューが半分入った物にタイオフして流動分散している。絶対に落ちることはできない。上はバーチカルに近く、左か右に逃げたいけれど、上部がうまく繋がって見えない。バーチカルに突っ込むのは、今の自分の力量ではぎりぎり。落ちる可能性もあるかもしれないことを考えると、このアンカーでは2人とも危険に晒してしまうかもしれない。登ったり下りたり可能性を探って様子を見たけれど、氷も薄く悪いのだ。やっぱり私には無理だと判断。今回もケイさんにリードを代わってもらう。ケイさんが登り始めたが「思ったよりも立ってて難しく氷が悪い」ということで、残念ながらここでも敗退とすることにした。

懸垂して下降。残置のカラビナ1個にロープをかけるだけでは心元ないので、バックアップに残置シュリンゲにもロープを通しておくが、60m一杯に下りたところからのロープの回収は重くなってしまった。回収の効率化と安全性にどこで線引きをするのかは考える必要がある。
空は青く、穂高の山々も美しい。本当に楽しい登攀だった。もっともっと、登りたくなった。

予定の下山時間を過ぎても、坂本さんと中島さんは下りてこなかったので、パッキングだけして、お茶など飲みながら待つ。こういう大きな壁での冬期ミックス登攀は初めてだったが、ケイさんからは「ふつうにちゃんとリードしてたじゃん」と言われて、少しほっとした。ケイさんにとっては、女性同士でパーティーを組んでの本格的な冬期登攀はこれが初めてだったのだと言われた。

だんだんと暗くなってきたので、ケイさんとふたりで坂本さんと中島さんを迎えに行くと、途中で下りてきた彼らと会った。暗くなる中を下山。トレースの側壁はそこここに雪崩の後が見え、ちょっと緊張する。無事下山し、温泉で体を温めてから帰京した。

3 February 2011

2月1日~4日の覚書


記録しておきたいもの。

1日(火) 四谷にて重要なミーティング。

3日(木) 秘密結社的集まりである「しんこうえんじの会」へ。有名な登山家である大蔵善福さんが経営する自然食バルパタゴニアで、毎月主催者であるA新聞社のSKさんや大蔵さんの知人の登山家冒険家を招いて報告会を行う集まりだそうである。今回の報告者である探検家の角幡唯介さんから、「北極に旅立つ前に旅の概要について話をするから」とお声をかけていただいたのだった。しかし、その晩から出発する山の準備が思いのほか手間取ってしまい、かなり予定時間を遅れて到着。勝手に立食形式での会を想像していたら、ひとりひとりにイスが用意されていた。おまけに、山への待ち合わせ時間まで余裕がなくすぐにおいとまという、とても申し訳の立たない状態。もちろん角幡さんはメインテーブルに座っていたので、ゆっくりお話はできず。とてもとても久しぶりにお会いする九重徳泰さんや20代の頃からお付き合いのある植村冒険記念館の内藤智子さんと近況報告で盛り上がっているうちに時間となってしまった…。何をしにいったのだか。それでも、帰り際出口近くにいらっしゃった栗城史多さんと初めてお話ししとてもさわやかな方なのでうれしかった。専門誌のベテラン記者の方々ともお話、みなさんの個人的な山の計画を聞くことができ刺激となった。

駅にデポしておいた荷物を背負って急いで武蔵小金井へ。荻窪で間違えて地下鉄に乗ってしまいロス。約束時間5分遅れて到着。坂本さんの車に便乗させていただき出発。

30 January 2011

峰の松目沢

29日(土)曇りときどき晴れ 7時新宿発の特急あずさで茅野へ。今回は以前よくヒマラヤへ一緒に登って遊んでくれた大久保由美子ちゃんと久しぶりの山行。実は去年秋、私が関わるMJリンクのサポーターに誘ったところ「こういう活動は以前からやりたいことだったから(彼女はずっと前から山に登りたい女性のために「からっぽクラブ」というサークルを運営している)」と二つ返事で参加してくれ、3月に予定している雪山山行も一緒に入る予定なのだ。彼女の技術は誰もがお墨付きなのだけれど、本人曰く「最近冬山行ってないので事前に山へ行きたい」ということで、今回の山行となった。ヒマラヤを一緒に登っていたときもそうだけれど、とても慎重に準備を怠らない人なのだ。

由美は現在かわいい息子と娘を子育て中のためリスクの高い山行はしていない。とはいえ、今後の復帰をねらいつつ山を走るトレールランナーとしてめきめきと力を上げているのだ。去年のハセツネではなんと女子4位。フルマラソンも3時間台で走るのだからすごい。ヒマラヤのときもそうだったが、人並み外れた集中力と最短で成果を上げる方法を見抜く力を持つ人だと思う。

美濃戸からの入山はいつものように話っぱなし。お互いの最近の山行の話から、歩き方、バランス、体重移動、そして甲野善紀先生(以前彼の講習会で「山で滑落した場合の処し方について」教えを乞い「とにかく瞬時に山側へ回転し止めること」と教えていただいた)のことなど。今回は、なぜか「重心、バランス」がキーワードになっているねなどと話ながら歩いていた。

赤岳鉱泉につくと、なんとガイドの加藤美樹さんと久野弘龍さんがいらっしゃった。美樹さんと由美はずっと以前からの知り合いで、美樹さんとMJリンクサポーターの柏澄子さんは仕事を一緒にする親しい仲間。「今度MJリンクで冬山をやることは柏さんから聞いているよ、よかったら私たちの講習会見に来て」と贅沢なオファーを頂く。大喜びで講習会を覗かせていただくことにした。

ひとこと、ベビーキャンディーを使っての美樹さんと久野さんの氷上歩行講習は、とてもすばらしかった。教科書通りではない内容で、「いかに安定した体重移動を行うか」に主眼を置いたもの。アイゼンを使っての歩行の基礎となる、歩行全般に通用する体重移動を基に「歩く」技術を教えいた。一歩一歩が安定して置かれていれば、スリップを防ぐことができる。滑落しない確実な歩行を意識し行うこと。あまりにもあたりまえで、だけれど、みな軽くみなしていることを分解し教えてくれた。体験と思考の過程がうかがえる、オリジナリティーに満ちた内容だった。みっちり日が暮れるまで歩行訓練。熱い思いに満ちた講習でもある。初心者のときに、このような講習を受けられたらより安全に歩行が可能になるだろう。初心者だけではなく、経験者にとっても自分の歩行を振り返させられる内容だった。とても内容の深い講習会で、技術講習に迷う人がいたら、絶対にこれを勧めたいと思った。

小屋では学生時代からの先輩友達である棚橋靖ガイドと再会。由美は久しぶりに棚橋さんとの再会に喜んでいた。それにしても、あんなにバカができた学生時代が懐かしい。本当に本当に楽しかったですよねという思い出を一杯共有している大切な大先輩。

食後は美樹さんと久野さんから、歩行技術についての考えをさらに聞くことができた。ほか、シャモニの話、アイスでお勧めエリアの話など。翌日、寒気が来てあまり天気は良くない予報。「どこかアイスに登りに行きたいな」と話ていたら、美樹さんが峰の松目沢を勧めてくれた。八ヶ岳で天候が悪くても、峰の松目沢はそれほど影響は受けない、と。アプローチについて詳しく教えてもらう。

30日(日)曇り 朝それほど天気は悪くなさそうだったので、由美に峰の松目沢に行きたいというと、いいよ、との返事。峰の松目沢は赤岳鉱泉から下り3つ目に左へ渡る橋の手前で右に折れしばらくトラバースしてから沢へ入り込む。美樹さんから教わったとおり、すぐに見つけることができた。先行パーティーの踏み後もある。

F1の取り付きで支度をしていると、後続パーティーが来たので先行してもらう。由美は積極的にアイスを登るつもりはなかったので今回ピッケル一本に平爪アイゼン。場所によっては私のバイルを下ろして使うことにした。それでも、F1、F2は難なくフォローしてさすが。F3はちょっと立っているので私のバイルを2本下ろして登る。初めてノミックを使ったけれど「これはすごい!」としきりに感嘆している。「ことしトレランのレースでシャモニに行く予定だからアイスアックス2本買ってくるよ!」と。F6は美しい氷が広がっていたのだけれど、フォローも2本アックスがないと難しそうだ。バスの時間も迫ってきているので、残念だがここで終了。同ルートを懸垂で下降し、デポしていた荷物を鉱泉へ取りに行って、下山。

かなり気温が下がったので、下山後2人とも指がジンジンしていた。ゆみのセンスの良さは相変わらずで、久しぶりの山行は本当に楽しかった。今年の夏の目標に向かって、お互いそれぞれの山行を重ねるだろうけれど、また、将来どこかに一緒に行きたいものだ。

28 January 2011

1月24日~28日の覚書


記録しておきたいもの。

24日(月) 月1回のお茶稽古。山好きな先生へ、山の麓で購入した日本酒を持参。お茶事のお稽古では自ら懐石料理を作ってくださるほどお料理の上手な先生。日本酒のおいしさを教わったのは、先生のお茶事の教室だった。おそらく、先生ご自身がお酒をとても愛しているので、それが伝わってくるのだ。なにより、私が好きなのは美しい朱色の杯。杯で飲む日本酒ほど美味しいものはないなあと思う。

27日(木) 2006年に行ったインド・ラダックのストックカンリ峰への途上で出会った日本人のリキさんと5年ぶりの再会。

あの、登山道具を背負って初インドへの一人旅は本当に幸せな旅だった。デリーからローカルバスの乗り場を探してダラムサラへ。ダラムサラで寺院に参拝しチベット占星術の占いに行き…素敵な時間を過ごしてから、再びローカルバスでマナリへ。マナリでは大好きなニコライ・レーリッヒの博物館へ行きたくて、地元の兄ちゃんのバイクに乗せてもらって美しい谷間をぬって訪ねたのも思い出深い。そして、マナリからラダックのレー(←素敵なラダッく紹介ブログがあったのでリンク貼らせていただきました)まで乗合ジープに乗り込んだら、リキさんが乗ってきた。途中5000mの峠を越えるルートで、おまけに連日の雨で途中土砂崩れもあり…かなりリスキーな陸路の旅だったので、なんだか日本人がいるというだけで心強かったのを思い出す。ラダックのレーに到着しても、連日雨にたたられ、予定していた登山も時間切れかなとあきらめつつレーの街での生活を満喫したのだ。瞑想やヨガのクラスに通ったり、近くの村を散策したり。そしてリキさんと時間の約束をして一緒に食事をしたり、その日起きたことを情報交換したり、夜は一緒に疲れた体を癒しにマッサージに行ったり…まるで女子友のノリだった。そう、リキさんはハードな中国からアフガンの陸路の旅の後で、レーに休みに来たといっていた。私が仕事の休みを使って来たというと「仕事があって旅をするのが一番だよ」と言い、これから長い旅も終わるのでグリーンカードのあるハワイにしばらく住んで仕事しようかと思う、と言っていた。結局レーに晴れ間が数日訪れて、私はその間にストックカンリに登ることができ、山から帰ってきたらリキさんはレーを去った後でなんだかさびしかったのを思い出す。

そして、その後リキさんはハワイでカメハメハ大王の末裔の資産運用会社にしばらく勤めたあと、つい最近再び日本に戻ってきた、と連絡があった。じゃあ、ぜひ会おうということで、渋谷で上映中の180°Southを見に行くことにした。私は、もっとシュイナードたちの昔の旅にフィーチャーしたものを期待していたので、主人公の意図を穿って見てしまいううむという感想だったがリッキーさんはポジティブな感想を持ったようだった。それから、代々木八幡方面へ歩いてカフェバンダへ。まったく女子会的な最近の出来事について情報交換などで大いに盛り上がった。リッキーさんは、酒もたばこもやめ、菜食主義となって、瞑想的な日々を送っているということで、何にでも感謝の気持ちを持って幸せに生きているのだそうな。「幸せな気持ちで生きるためには努力が必要なんだけど、努力しているうちに本当に幸せを感じられるようになる」のだそうだ。面白いことばかり話すので、また女子会をしようということでお開き。

23 January 2011

下見山行(中山+東天狗岳)

23日(日)曇りのち晴れ 前夜発日帰りで柏澄子さんと一緒にMJリンクの下見で中山と東天狗岳へ。3月5~6日に予定されている山行はMJリンクでの初の雪山。日帰りハイクで黒百合ヒュッテ周辺を散策するA班と、一泊二日で東天狗岳登頂をめざすB班にわけて行動する予定なので、今回は、お世話になる黒百合ヒュッテへのご挨拶と、中山と東天狗岳、そしてB班の雪上訓練フィールドの下見。すみすみとの山行は慣れたものなので、けっこうアウンの呼吸というか、ポイントを押さえながらさくさくと下見を進める。東天狗岳への登りの途中から雲が切れ始め、美しい景色が広がった。当日も晴れて、みんなにこの美しい景色を見てほしいなと思う。初めての企画はいつも試行錯誤だが、準備して練り上げていく準備もまた楽しく勉強になるものだ。下見詳細はMJリンクのブログに記載。そう、ブログに記載していなかったことで大失敗は、最終バスの時刻を間違えていたこと。結局小屋から雪の道をトレランしてなんとかバスに乗り込んだ。

22 January 2011

1月17日~22日の覚書


記録しておきたいもの。

17日(月) 国立登山研修所専門委員会に出席。国立登山研修所には、学生時代から大変お世話になっていて、山の本質的な楽しさや奥深さを教わった場であり、今でも深い愛着がある。学生時代には、とにかく募集要項が来たらすぐに申込をして参加していたのだ。当時は、大学山岳部研修会に女子は参加できず(もちろん意見書を出したが現役時代には実現されなかった)、社会人講習会を片っぱしから受けまくっていた。四期修了証書(春山、夏山、遭難救助、山スキー)をもらったが、柳沢昭夫先生からは「山スキーだけはかろうじて修了だなあ(あまりに下手だったため)」と言われたのだった…。山本一夫先生や、近藤邦彦先生はじめ当時第一線で活躍されている先生方から直接登山技術を教わることができる醍醐味。あの、わくわくした感覚を今でも思いだすことができる。個性やスタイルは異なるが、それぞれ第一線で活躍されている先生方が放つエネルギーに触れることは、学生だった私にとって言葉以上の影響力があった。技術もさることながら精神的な面で教わったことは多大だったし、ずっと山を続けていきたいなと思わせられたきっかけでもあったのだと思う。一流の先生方に、本当の現場で山を教わることができる場だった。大きなリスクを覚悟で、あのようなとても高度な内容の講習会を長年にわたり企画運営し続けてくださった今は亡き柳澤昭夫先生には本当に心から感謝している。そんなわけで、何ができるかわからないが、専門委員にお声掛けいただいたときは躊躇したものの、大好きな国立登山研修所にかかわりをいただいたことを有り難く思っている。今も、超一流のクライマーやガイドの先生方に教わることができる貴重な場となっているので、山を学びたい人にどんどん参加してほしいと思う。本当に、このような場は他にはないと断言できる。

19日(水) 月1回のタオ指圧。今回は「何かうれしいこととかいいことがあった?」と言われる。聞くと、いままで空虚だった腎臓の気が満ちてきているからということらしい。思い当たることといえば、韓国で美味しい料理を食べまくって、愛すべき仲間とともにアイスを登りまくったことだろうか…。間違いなく、韓国では体重が2キロ増えて帰国したので、栄養素的に腎臓の気が満ちてきているかもしれない。実は、今回の韓国アイスクライミングトリップで認識したことは、「人生においてもクライミングにおいても食べることが基本なのかもしれないので、これからはとにかく食べる人生にシフトする!」という若干暴力的な結論であった。今回一緒に行動した人たちが基本的にアルパインクライマーだったということもあるが、とにかく良く食べる。追いつけないほど食べる人たちだった。でも、食べる人は強い。みんな良いクライマーだった。そして、エネルギーにあふれ、人間的な魅力に満ちている。そこで私は、食は基本なのだと再認識し、質とともに量をしっかり食べる人生にシフトしてみようとこの年になって無謀にも考えたのだった。

20日(木) 猪熊隆之さん気象講座へ。毎月楽しみにしている講座。今回は冬型の気象遭難について。冬型が強度はシベリア高気圧の強さと中国南部の高気圧の存在で予測できる、など。講義の後、岳人編集部服部文祥さんを訪ねてもろもろご相談など。

21日(金) 早稲田と明治の大好きな友達たちが遊びにきてくれた。明治の友達は季節を先取りして春を思う花束を、早稲田の友達は「早稲田の誇り」というなんだか貴重なワインを持ってきてくれた。早稲田の友達とは約10年ぶりくらいの再会。かわっていないというか、以前よりも角が取れてずいぶんと落ち着いた印象だった。鍋をつつきながら話は尽きず。なんとも幸せな時間を過ごして、あっという間に12時近くになってしまった。

22日(土) 目白台ヨガへ。お腹の大きさが目立つようになってきた代表の宇田詔子さんと一緒に久しぶりのインストラクション。アットホームなヨガ会で、いつもほっとする。しっかり体をほぐしたあとは、柏澄子さんMJリンクの下見のために茅野へ移動。宿にチェックインした後で、上海酒家タオタオで新年会。お互いいろいろと報告やお話があり、飲んで話してあっという間に閉店時間となった。

16 January 2011

韓国クライミングトリップ後半編

1月14日(金) 昼間の士気高揚スノーハイクから、雪岳山の入り口にある宿へ移動。今日からメインイベントであるKorea Winter Climbers Meetingに参加するため。近くの定食屋でビビンパなど夕食を済ませ、セミナールームへ急ぐ。セミナーでは、アルピニズムの歴史に関するレクチャーが行われていたが、韓国語のため理解できないのがなんとも残念であった。(2日目からは通訳の方のヘルプで理解ができるようになった)

それにしても、今回の旅では、セミナーのみならず初日から終始「アルピニズムとは何か」が問われているのが興味深かった。韓国で、これほどアルピニズムに対する興味や関心が高いのは驚き。アルピニズムとは一般的に「より高く、より困難」を目指す行為と認識されているけれど、けいさんの答えを聞いているうちにアルピニズムとは生き方そのもの、「より純粋に、ズルがない」ってことかもしれないなどと思い始めることになった。韓国には、商業的なバックアップを受けた登山家がいる一方で、より純粋に山を登ることを求める気風や関心があるのだ。
今回の主催者 キムさんの司会で招待報告者として自己紹介するケイさんとアマノさん。集まった人たちの2人に対する期待の大きさが感じられた。ピオレドール受賞者に対する関心の高さは、日本より以上なのではないかといった印象を受ける。
夜は酒を酌み交わしながら交流が活発に行われていた。写真は旧交を温めるアマノさん。ケイさんはインタビューを受けたり、意見を求められたり忙しい。マリさんはお酒を一滴も飲まないのに、酔っているような雰囲気でアイスについて熱く語っている。私は、前回韓国で出会ったクライマーに再会してお話を聞いたり、新しい出会いがあったり。みな、交流を楽しんでいる。
1月15日(土) 朝暗いうちから出発し、トワンソンへ。昼間は3つのグループに分かれて、登攀が予定されているのだ。金さん、張さん、李さんらとともに、日本人チームはトワンソンへ行くことになった。
氷化したアプローチを慎重に進む。
夜が明けて、遠く姿を見せるトワンソン。予想以上のスケール感に脱帽。1ピッチ目。既に先行パーティーがあり、張さんたちは右寄りにルートをとることに決めて登り始めた。張さんと安さんが2本ルートをひいてくれた。まず、ケイさんとマリさんがそれぞれフォローしてスクリューを回収。さらにそのバックロープでアマノさんと私が登り始めるが、途中スクリューがなくロープを右の岩から氷へと回すことができず、振られ幅が大きすぎるため私は途中で断念。ちょっと残念。1ピッチ目をみんなで楽しんで、下山。トワンソンの概要とスケール感を感じられただけで、得たものは計り知れない。
トワンソンにさよならを告げて下山開始。懸垂で下る。
宿に戻り、韓国人クライマーの登山報告。トリはアマノさんのスライド報告。しょっぱなから、韓国人クライマーの情熱に敬意を表しつつ危険も感じると述べるアマノさん。淡々としているけれど言うべきことを言う姿勢はさすが。アマノさん編集のビデオ、写真で自分自身の思いを語るアマノさんに、熱くうなず集まったクライマーたち。
ピオレドール受賞のときの写真を見ながら語るアマノさん。レジェンドたちと会い一緒に登ったピオレドールでの数日間はとても楽しかったと。でも、自分自身がやりたいことを見失わないようにしたいと語っていたのは印象的だった。
セミナー終了後、もうひとりの金さんが、我々を誘って外のレストランに夜食を食べに連れて行ってくれた。美味しい手づくりの豆腐のある店で、夕食を食べたというのに、夜食までたっぷりと食べつくす。

1月16日(日)実は前夜に韓国人クライマーのシリアスな事故が起きたため、16日の午前中に予定されていたケイさんの報告や他のプログラムは急遽中止になってしまった。ケイさんが韓国人クライマーに何を伝え、どう伝わるのか興味を持っていたので、とても残念だった。

早々に雪岳山を後に、ソウルへ戻ることになった。この日は、晴天だが風が強く、車から外に出ただけで命が縮むような寒さの厳しい日だった。
途中、雪岳山からほど近い、メバイの人工氷壁を見学。この寒さで良く登るなあ、と関心する。
金さんが雪岳山に登った後で必ず立ち寄るというビビン麺で有名なお店へ。本当に、ウマい!2時間ちょっとのドライブでソウルへ戻り、山道具屋に立ち寄り、空港近くのスーパーでお土産を購入。バタバタと金浦空港へ向かい、本当にお世話になったみなさんに心から感謝を述べて、日本への帰路へついた。韓国でお世話になった皆さん、今回の旅に誘ってくれたケイさん、日本からご一緒したアマノさん、マリさん。本当に素敵なメンバーとの旅だった。すばらしい時間を共有させていただき、心から感謝!