30 January 2011

峰の松目沢

29日(土)曇りときどき晴れ 7時新宿発の特急あずさで茅野へ。今回は以前よくヒマラヤへ一緒に登って遊んでくれた大久保由美子ちゃんと久しぶりの山行。実は去年秋、私が関わるMJリンクのサポーターに誘ったところ「こういう活動は以前からやりたいことだったから(彼女はずっと前から山に登りたい女性のために「からっぽクラブ」というサークルを運営している)」と二つ返事で参加してくれ、3月に予定している雪山山行も一緒に入る予定なのだ。彼女の技術は誰もがお墨付きなのだけれど、本人曰く「最近冬山行ってないので事前に山へ行きたい」ということで、今回の山行となった。ヒマラヤを一緒に登っていたときもそうだけれど、とても慎重に準備を怠らない人なのだ。

由美は現在かわいい息子と娘を子育て中のためリスクの高い山行はしていない。とはいえ、今後の復帰をねらいつつ山を走るトレールランナーとしてめきめきと力を上げているのだ。去年のハセツネではなんと女子4位。フルマラソンも3時間台で走るのだからすごい。ヒマラヤのときもそうだったが、人並み外れた集中力と最短で成果を上げる方法を見抜く力を持つ人だと思う。

美濃戸からの入山はいつものように話っぱなし。お互いの最近の山行の話から、歩き方、バランス、体重移動、そして甲野善紀先生(以前彼の講習会で「山で滑落した場合の処し方について」教えを乞い「とにかく瞬時に山側へ回転し止めること」と教えていただいた)のことなど。今回は、なぜか「重心、バランス」がキーワードになっているねなどと話ながら歩いていた。

赤岳鉱泉につくと、なんとガイドの加藤美樹さんと久野弘龍さんがいらっしゃった。美樹さんと由美はずっと以前からの知り合いで、美樹さんとMJリンクサポーターの柏澄子さんは仕事を一緒にする親しい仲間。「今度MJリンクで冬山をやることは柏さんから聞いているよ、よかったら私たちの講習会見に来て」と贅沢なオファーを頂く。大喜びで講習会を覗かせていただくことにした。

ひとこと、ベビーキャンディーを使っての美樹さんと久野さんの氷上歩行講習は、とてもすばらしかった。教科書通りではない内容で、「いかに安定した体重移動を行うか」に主眼を置いたもの。アイゼンを使っての歩行の基礎となる、歩行全般に通用する体重移動を基に「歩く」技術を教えいた。一歩一歩が安定して置かれていれば、スリップを防ぐことができる。滑落しない確実な歩行を意識し行うこと。あまりにもあたりまえで、だけれど、みな軽くみなしていることを分解し教えてくれた。体験と思考の過程がうかがえる、オリジナリティーに満ちた内容だった。みっちり日が暮れるまで歩行訓練。熱い思いに満ちた講習でもある。初心者のときに、このような講習を受けられたらより安全に歩行が可能になるだろう。初心者だけではなく、経験者にとっても自分の歩行を振り返させられる内容だった。とても内容の深い講習会で、技術講習に迷う人がいたら、絶対にこれを勧めたいと思った。

小屋では学生時代からの先輩友達である棚橋靖ガイドと再会。由美は久しぶりに棚橋さんとの再会に喜んでいた。それにしても、あんなにバカができた学生時代が懐かしい。本当に本当に楽しかったですよねという思い出を一杯共有している大切な大先輩。

食後は美樹さんと久野さんから、歩行技術についての考えをさらに聞くことができた。ほか、シャモニの話、アイスでお勧めエリアの話など。翌日、寒気が来てあまり天気は良くない予報。「どこかアイスに登りに行きたいな」と話ていたら、美樹さんが峰の松目沢を勧めてくれた。八ヶ岳で天候が悪くても、峰の松目沢はそれほど影響は受けない、と。アプローチについて詳しく教えてもらう。

30日(日)曇り 朝それほど天気は悪くなさそうだったので、由美に峰の松目沢に行きたいというと、いいよ、との返事。峰の松目沢は赤岳鉱泉から下り3つ目に左へ渡る橋の手前で右に折れしばらくトラバースしてから沢へ入り込む。美樹さんから教わったとおり、すぐに見つけることができた。先行パーティーの踏み後もある。

F1の取り付きで支度をしていると、後続パーティーが来たので先行してもらう。由美は積極的にアイスを登るつもりはなかったので今回ピッケル一本に平爪アイゼン。場所によっては私のバイルを下ろして使うことにした。それでも、F1、F2は難なくフォローしてさすが。F3はちょっと立っているので私のバイルを2本下ろして登る。初めてノミックを使ったけれど「これはすごい!」としきりに感嘆している。「ことしトレランのレースでシャモニに行く予定だからアイスアックス2本買ってくるよ!」と。F6は美しい氷が広がっていたのだけれど、フォローも2本アックスがないと難しそうだ。バスの時間も迫ってきているので、残念だがここで終了。同ルートを懸垂で下降し、デポしていた荷物を鉱泉へ取りに行って、下山。

かなり気温が下がったので、下山後2人とも指がジンジンしていた。ゆみのセンスの良さは相変わらずで、久しぶりの山行は本当に楽しかった。今年の夏の目標に向かって、お互いそれぞれの山行を重ねるだろうけれど、また、将来どこかに一緒に行きたいものだ。

28 January 2011

1月24日~28日の覚書


記録しておきたいもの。

24日(月) 月1回のお茶稽古。山好きな先生へ、山の麓で購入した日本酒を持参。お茶事のお稽古では自ら懐石料理を作ってくださるほどお料理の上手な先生。日本酒のおいしさを教わったのは、先生のお茶事の教室だった。おそらく、先生ご自身がお酒をとても愛しているので、それが伝わってくるのだ。なにより、私が好きなのは美しい朱色の杯。杯で飲む日本酒ほど美味しいものはないなあと思う。

27日(木) 2006年に行ったインド・ラダックのストックカンリ峰への途上で出会った日本人のリキさんと5年ぶりの再会。

あの、登山道具を背負って初インドへの一人旅は本当に幸せな旅だった。デリーからローカルバスの乗り場を探してダラムサラへ。ダラムサラで寺院に参拝しチベット占星術の占いに行き…素敵な時間を過ごしてから、再びローカルバスでマナリへ。マナリでは大好きなニコライ・レーリッヒの博物館へ行きたくて、地元の兄ちゃんのバイクに乗せてもらって美しい谷間をぬって訪ねたのも思い出深い。そして、マナリからラダックのレー(←素敵なラダッく紹介ブログがあったのでリンク貼らせていただきました)まで乗合ジープに乗り込んだら、リキさんが乗ってきた。途中5000mの峠を越えるルートで、おまけに連日の雨で途中土砂崩れもあり…かなりリスキーな陸路の旅だったので、なんだか日本人がいるというだけで心強かったのを思い出す。ラダックのレーに到着しても、連日雨にたたられ、予定していた登山も時間切れかなとあきらめつつレーの街での生活を満喫したのだ。瞑想やヨガのクラスに通ったり、近くの村を散策したり。そしてリキさんと時間の約束をして一緒に食事をしたり、その日起きたことを情報交換したり、夜は一緒に疲れた体を癒しにマッサージに行ったり…まるで女子友のノリだった。そう、リキさんはハードな中国からアフガンの陸路の旅の後で、レーに休みに来たといっていた。私が仕事の休みを使って来たというと「仕事があって旅をするのが一番だよ」と言い、これから長い旅も終わるのでグリーンカードのあるハワイにしばらく住んで仕事しようかと思う、と言っていた。結局レーに晴れ間が数日訪れて、私はその間にストックカンリに登ることができ、山から帰ってきたらリキさんはレーを去った後でなんだかさびしかったのを思い出す。

そして、その後リキさんはハワイでカメハメハ大王の末裔の資産運用会社にしばらく勤めたあと、つい最近再び日本に戻ってきた、と連絡があった。じゃあ、ぜひ会おうということで、渋谷で上映中の180°Southを見に行くことにした。私は、もっとシュイナードたちの昔の旅にフィーチャーしたものを期待していたので、主人公の意図を穿って見てしまいううむという感想だったがリッキーさんはポジティブな感想を持ったようだった。それから、代々木八幡方面へ歩いてカフェバンダへ。まったく女子会的な最近の出来事について情報交換などで大いに盛り上がった。リッキーさんは、酒もたばこもやめ、菜食主義となって、瞑想的な日々を送っているということで、何にでも感謝の気持ちを持って幸せに生きているのだそうな。「幸せな気持ちで生きるためには努力が必要なんだけど、努力しているうちに本当に幸せを感じられるようになる」のだそうだ。面白いことばかり話すので、また女子会をしようということでお開き。

23 January 2011

下見山行(中山+東天狗岳)

23日(日)曇りのち晴れ 前夜発日帰りで柏澄子さんと一緒にMJリンクの下見で中山と東天狗岳へ。3月5~6日に予定されている山行はMJリンクでの初の雪山。日帰りハイクで黒百合ヒュッテ周辺を散策するA班と、一泊二日で東天狗岳登頂をめざすB班にわけて行動する予定なので、今回は、お世話になる黒百合ヒュッテへのご挨拶と、中山と東天狗岳、そしてB班の雪上訓練フィールドの下見。すみすみとの山行は慣れたものなので、けっこうアウンの呼吸というか、ポイントを押さえながらさくさくと下見を進める。東天狗岳への登りの途中から雲が切れ始め、美しい景色が広がった。当日も晴れて、みんなにこの美しい景色を見てほしいなと思う。初めての企画はいつも試行錯誤だが、準備して練り上げていく準備もまた楽しく勉強になるものだ。下見詳細はMJリンクのブログに記載。そう、ブログに記載していなかったことで大失敗は、最終バスの時刻を間違えていたこと。結局小屋から雪の道をトレランしてなんとかバスに乗り込んだ。

22 January 2011

1月17日~22日の覚書


記録しておきたいもの。

17日(月) 国立登山研修所専門委員会に出席。国立登山研修所には、学生時代から大変お世話になっていて、山の本質的な楽しさや奥深さを教わった場であり、今でも深い愛着がある。学生時代には、とにかく募集要項が来たらすぐに申込をして参加していたのだ。当時は、大学山岳部研修会に女子は参加できず(もちろん意見書を出したが現役時代には実現されなかった)、社会人講習会を片っぱしから受けまくっていた。四期修了証書(春山、夏山、遭難救助、山スキー)をもらったが、柳沢昭夫先生からは「山スキーだけはかろうじて修了だなあ(あまりに下手だったため)」と言われたのだった…。山本一夫先生や、近藤邦彦先生はじめ当時第一線で活躍されている先生方から直接登山技術を教わることができる醍醐味。あの、わくわくした感覚を今でも思いだすことができる。個性やスタイルは異なるが、それぞれ第一線で活躍されている先生方が放つエネルギーに触れることは、学生だった私にとって言葉以上の影響力があった。技術もさることながら精神的な面で教わったことは多大だったし、ずっと山を続けていきたいなと思わせられたきっかけでもあったのだと思う。一流の先生方に、本当の現場で山を教わることができる場だった。大きなリスクを覚悟で、あのようなとても高度な内容の講習会を長年にわたり企画運営し続けてくださった今は亡き柳澤昭夫先生には本当に心から感謝している。そんなわけで、何ができるかわからないが、専門委員にお声掛けいただいたときは躊躇したものの、大好きな国立登山研修所にかかわりをいただいたことを有り難く思っている。今も、超一流のクライマーやガイドの先生方に教わることができる貴重な場となっているので、山を学びたい人にどんどん参加してほしいと思う。本当に、このような場は他にはないと断言できる。

19日(水) 月1回のタオ指圧。今回は「何かうれしいこととかいいことがあった?」と言われる。聞くと、いままで空虚だった腎臓の気が満ちてきているからということらしい。思い当たることといえば、韓国で美味しい料理を食べまくって、愛すべき仲間とともにアイスを登りまくったことだろうか…。間違いなく、韓国では体重が2キロ増えて帰国したので、栄養素的に腎臓の気が満ちてきているかもしれない。実は、今回の韓国アイスクライミングトリップで認識したことは、「人生においてもクライミングにおいても食べることが基本なのかもしれないので、これからはとにかく食べる人生にシフトする!」という若干暴力的な結論であった。今回一緒に行動した人たちが基本的にアルパインクライマーだったということもあるが、とにかく良く食べる。追いつけないほど食べる人たちだった。でも、食べる人は強い。みんな良いクライマーだった。そして、エネルギーにあふれ、人間的な魅力に満ちている。そこで私は、食は基本なのだと再認識し、質とともに量をしっかり食べる人生にシフトしてみようとこの年になって無謀にも考えたのだった。

20日(木) 猪熊隆之さん気象講座へ。毎月楽しみにしている講座。今回は冬型の気象遭難について。冬型が強度はシベリア高気圧の強さと中国南部の高気圧の存在で予測できる、など。講義の後、岳人編集部服部文祥さんを訪ねてもろもろご相談など。

21日(金) 早稲田と明治の大好きな友達たちが遊びにきてくれた。明治の友達は季節を先取りして春を思う花束を、早稲田の友達は「早稲田の誇り」というなんだか貴重なワインを持ってきてくれた。早稲田の友達とは約10年ぶりくらいの再会。かわっていないというか、以前よりも角が取れてずいぶんと落ち着いた印象だった。鍋をつつきながら話は尽きず。なんとも幸せな時間を過ごして、あっという間に12時近くになってしまった。

22日(土) 目白台ヨガへ。お腹の大きさが目立つようになってきた代表の宇田詔子さんと一緒に久しぶりのインストラクション。アットホームなヨガ会で、いつもほっとする。しっかり体をほぐしたあとは、柏澄子さんMJリンクの下見のために茅野へ移動。宿にチェックインした後で、上海酒家タオタオで新年会。お互いいろいろと報告やお話があり、飲んで話してあっという間に閉店時間となった。

16 January 2011

韓国クライミングトリップ後半編

1月14日(金) 昼間の士気高揚スノーハイクから、雪岳山の入り口にある宿へ移動。今日からメインイベントであるKorea Winter Climbers Meetingに参加するため。近くの定食屋でビビンパなど夕食を済ませ、セミナールームへ急ぐ。セミナーでは、アルピニズムの歴史に関するレクチャーが行われていたが、韓国語のため理解できないのがなんとも残念であった。(2日目からは通訳の方のヘルプで理解ができるようになった)

それにしても、今回の旅では、セミナーのみならず初日から終始「アルピニズムとは何か」が問われているのが興味深かった。韓国で、これほどアルピニズムに対する興味や関心が高いのは驚き。アルピニズムとは一般的に「より高く、より困難」を目指す行為と認識されているけれど、けいさんの答えを聞いているうちにアルピニズムとは生き方そのもの、「より純粋に、ズルがない」ってことかもしれないなどと思い始めることになった。韓国には、商業的なバックアップを受けた登山家がいる一方で、より純粋に山を登ることを求める気風や関心があるのだ。
今回の主催者 キムさんの司会で招待報告者として自己紹介するケイさんとアマノさん。集まった人たちの2人に対する期待の大きさが感じられた。ピオレドール受賞者に対する関心の高さは、日本より以上なのではないかといった印象を受ける。
夜は酒を酌み交わしながら交流が活発に行われていた。写真は旧交を温めるアマノさん。ケイさんはインタビューを受けたり、意見を求められたり忙しい。マリさんはお酒を一滴も飲まないのに、酔っているような雰囲気でアイスについて熱く語っている。私は、前回韓国で出会ったクライマーに再会してお話を聞いたり、新しい出会いがあったり。みな、交流を楽しんでいる。
1月15日(土) 朝暗いうちから出発し、トワンソンへ。昼間は3つのグループに分かれて、登攀が予定されているのだ。金さん、張さん、李さんらとともに、日本人チームはトワンソンへ行くことになった。
氷化したアプローチを慎重に進む。
夜が明けて、遠く姿を見せるトワンソン。予想以上のスケール感に脱帽。1ピッチ目。既に先行パーティーがあり、張さんたちは右寄りにルートをとることに決めて登り始めた。張さんと安さんが2本ルートをひいてくれた。まず、ケイさんとマリさんがそれぞれフォローしてスクリューを回収。さらにそのバックロープでアマノさんと私が登り始めるが、途中スクリューがなくロープを右の岩から氷へと回すことができず、振られ幅が大きすぎるため私は途中で断念。ちょっと残念。1ピッチ目をみんなで楽しんで、下山。トワンソンの概要とスケール感を感じられただけで、得たものは計り知れない。
トワンソンにさよならを告げて下山開始。懸垂で下る。
宿に戻り、韓国人クライマーの登山報告。トリはアマノさんのスライド報告。しょっぱなから、韓国人クライマーの情熱に敬意を表しつつ危険も感じると述べるアマノさん。淡々としているけれど言うべきことを言う姿勢はさすが。アマノさん編集のビデオ、写真で自分自身の思いを語るアマノさんに、熱くうなず集まったクライマーたち。
ピオレドール受賞のときの写真を見ながら語るアマノさん。レジェンドたちと会い一緒に登ったピオレドールでの数日間はとても楽しかったと。でも、自分自身がやりたいことを見失わないようにしたいと語っていたのは印象的だった。
セミナー終了後、もうひとりの金さんが、我々を誘って外のレストランに夜食を食べに連れて行ってくれた。美味しい手づくりの豆腐のある店で、夕食を食べたというのに、夜食までたっぷりと食べつくす。

1月16日(日)実は前夜に韓国人クライマーのシリアスな事故が起きたため、16日の午前中に予定されていたケイさんの報告や他のプログラムは急遽中止になってしまった。ケイさんが韓国人クライマーに何を伝え、どう伝わるのか興味を持っていたので、とても残念だった。

早々に雪岳山を後に、ソウルへ戻ることになった。この日は、晴天だが風が強く、車から外に出ただけで命が縮むような寒さの厳しい日だった。
途中、雪岳山からほど近い、メバイの人工氷壁を見学。この寒さで良く登るなあ、と関心する。
金さんが雪岳山に登った後で必ず立ち寄るというビビン麺で有名なお店へ。本当に、ウマい!2時間ちょっとのドライブでソウルへ戻り、山道具屋に立ち寄り、空港近くのスーパーでお土産を購入。バタバタと金浦空港へ向かい、本当にお世話になったみなさんに心から感謝を述べて、日本への帰路へついた。韓国でお世話になった皆さん、今回の旅に誘ってくれたケイさん、日本からご一緒したアマノさん、マリさん。本当に素敵なメンバーとの旅だった。すばらしい時間を共有させていただき、心から感謝!

13 January 2011

韓国クライミングトリップ中盤編

1月11日(火)晴れのち雪

8時に声をかけられたが起きられず、布団の中でのんびりしてから9時頃にゆっくりと起き出した。朝食のパンとサラダ、リンゴのジュースをいただいた後で、ケイさんが今まで行った登攀のビデオをみんなで見て盛り上がる。私も見たことのない貴重な映像もあり、本人の解説付。なんて贅沢なんだろう。

今日は14時に到着する予定のアマノさんとマリさんを空港で出迎える日なので、午前中はのんびりと過ごす。韓国の三大山雑誌(「山」、「山と人」、「E-mountain」)について教えてもらう。昼はカルビタンで有名だというお店へ。塩味のスープに柔らかいカルビが入って美味。暖かくてパワフルだった。
14時に空港へ到着すると、なんと雪が降り始めたがOFFの日なのでちょうど良いねと話す。空港には、今回の主催者である金さん、季さん、張さんが出迎えてくれていた。ケイさんに彼らを紹介してもらう。本当に、明るく暖かい感じのする人たちでホッとしてうれしくなった。14:30に無事アマノさんとマリさんも到着し、合流。

この日はソウル市内で彼らが手配してくれた宿へ。女性3人はオンドル部屋、アマノさんはひとりベッドの部屋でちょっとさびしそう。夜は、街へ繰り出して焼き肉をご馳走になった。ケイさんが以前パキスタンで会ったという日本語が上手な奇さん、週末に行われたアイスワールドカップに行っていたというメンバーやメーカー関係者、イタリアから見学に来たという女性クライマーのAnaも加わり、いつの間にか大人数の飲み会となる。
2次回は、我々に気を使ってくれたのか日本式の居酒屋で、熱燗など。飲み会の熱さは韓国も日本も似たようなものだろうか。ホテルには24時に帰着。1月12日(水)晴れ

7:00に起床し、荷物を車に詰め込む。豆腐チゲの店で朝からボリューム一杯の朝食をとってから、パン屋のカフェでモーニングコーヒーをいただいて出発。

途中、金さんのがご両親と暮らす家に立ち寄る。前夜、マリさんにインスボンのルート図集をあげる約束をしたので渡したい、と。見ると、写真入りの希少本のようだった。本当に彼らはやさしいのだなあと思う。
今日は初日に申さんと来た、華川のDan San 氷壁へ再び。金さんがリードして真ん中にトップロープを張ってくれ、左の氷をマリさんがリードしてトップロープを張ってくれた。ケイさんとアマノさんはケガ後のリハビリ中なので無理せずリードはしないのだが、トップロープでも彼らの登りの美しさがわかる。アルパインクライマーの安定した登り。別グループのトップロープを借りたりしながら、みな思い思いに登らせてもらう。平日で前回と比べて人が少ないため、落氷も少ないのがなにより。思い切って登ることができた。
この晩は氷壁からすぐの宿に投宿。オンドル部屋の貸出のみなので、食事と風呂を求めて車で華川の町へ繰り出す。昔ながらの銭湯のようなお風呂で女性はアカスリで時間を食う。夕食は中華料理屋で、酢豚や八宝菜、炒飯や麺など大皿をみなでつつく。町のアーケードでは川魚祭りのイルミネーションが美しい。この日も、宿へ酒を持ち込んで宴会。ゲームなどしながら盛り上がる。
1月13日(木)晴れ

7:00起床。コーヒーを飲んで、パッキング。町の定食屋でビビンパなど思い思いのものを頼んで朝食。

今日は3時間ほどのドライブで厚州のPande氷壁へ向かう。途中、米でつくった団子屋さんへ立ち寄ったり、カンヒュンの岩場に立ち寄ったり。岩場ではもちろん、見学だけではなくボルダーをはじめる張さん。マリさんは奥のケーブに入り込んで、過去実はケイバーであったことを告白していた。
パンデの氷壁ではこの日、翌週のTNFのコンペのためにルートセットが行われていて、立ち入り禁止と言われたらしいのだが、金さんが頼み込んで登らせてもらえることに…。
ルートセットが行われている横で、中央の60mのルートを張さんがリード、右奥の20mのルートをマリさんがリードしてトップロープを張ってくれたお陰で、楽しませてもらうことができた。
写真は、中央のルートをリードする張さん。さすがにパンプするようで、腕を振りながら登っていた。トップロープで登らせてもらったが、私の場合は、まさに泣きが入りそうになりながらもなんとかテンションかけずにがんばって登ると言った感じ。ケイさんの絶妙な応援とビレーに感謝。

夜はサウナに立ち寄ってから、韓国式の料理屋へ。マッコリのうわばみを飲むという、アップルサイダーのような味のマッコリを初めて飲んだが、とっても美味しい!石焼のご飯に、赤だしの味噌で煮込んだ豆腐などを食べながら、豚肉とニンニクをサンチェで包んで食べるものや、焼き魚、ナムルやのりなどなど。とにかく、どれも味が美味しくて、感激。彼らの強さの秘密は食にもあるのではと思う。

1月14日(金)雪のち曇り

7:00起床。コーヒーを飲んでからパッキングをして出発。今日は、金さんや張さんが勤めるK2の社内登山があるので、同行するのだという。途中サービスエリアで朝食をとる。稚魚の入ったチゲと豆のごはんの定食。
集合場所に到着すると、大型バスで集まってきた社員が100人以上。自社のジャケットのみならず、他社製品を着ている人も。トレッキングシューズに軽アイゼン。アマノさんがすかさず「この軽アイゼン日本に持ってきたら売れそうですね」と写真を撮っている。仕事柄韓国的な装備や山ガール的ファッションを見るとカメラを向け情報収集に余念がない。会社が用意してくれたランチがみなに配られている。辛ラーメン、キンパ(太巻)、揚げ菓子、チョコなど。一方、けいさんも「氷点下なのに凍らない太巻きはすごい!日本でも作ってみよう!」と食のリサーチに余念がなかった。100人以上で冬山を社員登山…。すごい規模である。頂上では自社の旗を掲げで記念撮影。士気高揚といった感じが伝わってくる。

下山路は天気は徐々に回復したものの、氷化してツルツルの個所が多く、軽アイゼンを持たない私たちは、緊張しながら下ったのだった。

10 January 2011

韓国クライミングトリップ前半編

1月8日(土) 午後の羽田→金浦便でケイさんとソウルへ移動。メインイベントであるKorea Winter Climbers Meetingは14日夜~16日なのだが、一足先に韓国へ入り遊ぼうということになった。

08~10日 ケイさんと私の友達たちとクライミング
11~14日 アマノさんマリさんと合流しクライミング
15~16日 Climbers Meetingに参加
という計画だ。

8日はケイさんの古くからの友達である申さんが空港にピックアップに来て下さった。仕事で日本とやりとりしているということで日本語がとてもうまく、また、日本人の心情を良く理解してくださる、洗練されたセンスを持った方だった。前半3日間は、申さんのSWONのマンションにお世話になる予定。美しい奥様、お嬢さんと息子さんの4人家族。私たちふたりは息子さんの部屋を占領して恐縮。居心地の良さに感謝。

1月9日(日) 晴れ 5時に起床し、餃子入りのうどんをいただく。申さんの車で北朝鮮との国境に近い華川の人工氷壁へ。場所的に政治的な危険ははないのかと質問するが、申さんは大丈夫ですよ、と。お嬢さんと彼氏もデートを兼ねて一緒にドライブ。
人工氷壁は、車道を下りて2分の場所にある。車道には長期で滞在している人たちのテントが並ぶ。高さ約60メートル。裏側に登山道があり、トップロープを張ることができる。70m×2本でTR。週末は、人が多いので注意が必要。朝一番にケイさん、私で一本ずつ登ったが、落氷の多く怖いので休憩。
休憩中は申さんのお仲間であるハムさんが長期滞在で張っている10人くらい入れそうな大型テントで暖をとる。人が入れ替わり立ち替わり、都度いろいろな料理を食べさせてくれる。焼き肉、キムチ、スープ、豆ご飯、ナムルなどなど。ハム先生は山岳思想に見識のある方。ケイさんの生き方、登山に興味を持っていてしきりに「アルピニズムをどう考えるか」について質問している。対して、堂々と自分の意見を述べるケイさんはさすが。聞くと、ピオレドールの受賞や審査員として行ったフランスでいろいろな人からアルピニズムについての質問を受け考えざるを得なかったのだという。ケイさんにとって、アルピニズムとは生き方そのものを表現したものであるようだ。
午後も人が多く、すだれ状にロープが張られており、ひっきりなしに氷が落ちてくる。怖いので申さん、ケイさんと3人で村の散策に出かけることにした。途中昔ながらの韓国式建築の大きな家があり、のぞいていたら中に入っていいですよ、と。真ん中にオンドルの大きな広間、取り囲むようにキッチン、ベッドルームが配置され平屋構造の家。なんと、4000万円かけて建てたそうだ。

夕方人が少なくなってから、各自一本ずつ登る。満足して終了。

夜は、申さんの奥さんが用意してくださったしゃぶしゃぶをいただく。美味しくて食べ過ぎてしまう。明らかにカロリー消費量より摂取量が勝っている。

1月10日(月) エリートサラリーマンである申さんは出社のため、私の友達で田さんとクライミング。待ち合わせ場所まで、バスで移動。11時にソウル市内で、田さんと、田さんの知人で以前にもご一緒したことのある税理士の姜さんと合流。江川にある自然の氷曝、九曲瀑布へ。九曲瀑布は、トワンソン瀑布を登るためのトレーニングの場として昔から登られているのだという。昔は、九曲を連続して5回登ることができれば、トワンソンに行けると言われたそうだ。
ソウルから1時間半ほどのドライブで江川着。スンドゥプの定食を食べてから移動し、公園の入り口から約15分ほど歩くと、九曲の氷に到着。50mほどの氷曝で、120mロープで田さんがTRをセットしてくれた。ひとり2回ずつ登る。人工氷壁に比べて氷がしっかりとしていて、快適に楽しめた。
田さんからとなりで登っていた英語の上手な女性を紹介してもらう。なんと、ヨガティーチャーが本業なのだそう。スタジオを自分で経営していて、4年前からアイスクライミングを始めたのだそうだ。「スタジオで生徒に『恐怖心を捨てて』と声をかけるのだけれど、アイスクライミングをはじめてから恐怖心を捨てることがどういうことかを実感するようになったの」と。80人の生徒を相手に教えていたけれど、疑問を持ち、去年からマンツーマンのセッションのみ教えることにシフトしたのだとか。

ほか、となりに登っていた男性は手づくり自作アックス!
夜は、サムゲタンが食べたいというケイさんの意向でソウルで有名なサムゲタンの店へ。大きな朝鮮ニンジンが入っていて美味。隣で登っていたヨガティーチャーとそのパートナーの方、編集者の伊さん、ケイさんがフランスで出会った李さん(たまたま田さんと友人だった!)で宴会。
バスとタクシーを乗り継いで申さんのお家に到着したのは22:30頃。申さんにお願いして銭湯を教えてもらい、ケイさんとふたりで念願のアカスリ(22000ウォン)に行って、1時頃就寝。

8 January 2011

韓国クライミングトリップ

8日(土) 今日から楽しみにしていた韓国のクライミングトリップに出発だ。ここ数年は海外の山というとたいがい一人で出かけていたけれど、今回は一緒に行動する仲間が一緒でなんだかワクワクする。

今日一緒に出発するケイさんは、なんと午前中にリハビリをしてから急いで羽田へ移動しているという。適当に会おうね、というメールを交わした。明日、明後日とお互いの韓国の友達たちと一緒にアイスやリッジを登る予定になっている。

11日からはアマノさんとマリさんが合流し、ほかの韓国のクライマーたちと一緒に登り、14から16日はKorea Winter Climbers Meetingに合流予定だ。3人とも私とはかなりレベルの違うメンバーだけれど、彼らの登りに触れられるというだけで、楽しみ。足を引っ張らないように気をつけよう。

無線がつながるところではツイッターアップできるかな。

それでは、行ってきます!

5 January 2011

ノミック

5日(水)晴れ 助成金の申告ならびに年末退職関係の書類提出のため池袋のハローワークへ。後その足で高田馬場のカモシカへ立ち寄る。

8日から韓国にまた遊びに行くので、装備など物色。グリベルのグローブはとても使いやすいのだけれど、極寒の地では若干心配である。保温性と機能性を兼ね備えたブラックダイヤモンドのグローブをいくつか試着。その他、韓国には持っていかないけれど、13cmのBDスクリューも2本購入。クジをひいたら10%オフになってうれしかった。

10%オフの券をそのまま持参するとアウトレットでも値引きしてもらえる、ということで移動。笹原さんにご挨拶し店内を巡る。けっこう掘り出し物があるなあと思いながらみていたところ、なんとノミック(旧)が19、780円!すかさず在庫をたずねると、2本あるよ、といわれこれは何かのご縁かもしれないと購入を決めた。さらに10%値引きしてもらい、幸先の良いスタート。

4 January 2011

ジョウゴ沢(単独)

1月3日(月)夜19:50分新宿発の中央高速バスに乗り(新宿→茅野 上諏訪→新宿で往復5,600円)、茅野駅へ。23時過ぎに到着後、駅から5分ほどのところにあるホテルわかみず(1泊3,500円)に投宿。

ツイッターで情報交換している某野宿野郎さんによると、最近はステーションビバークをする人の数が以前に比べて減ってきているのだとか。昔は嬉々としてステーションビバークをした私であるが、最近は安い宿があるのなら布団で寝たい派に堕落しているため、必死で検索して安宿を見つけた。若干寂しいけれど、悪くはない宿だった。

翌日は天気予報は晴れ、夕方から翌翌日にかけて下り坂の予報であった。天候や山の状況を見て行動を決めるつもりで、登攀具一式(10.3×30m、アイススクリュー2本、シュリンゲとカラビナ4セット)を持ってきた。この登攀具はつまり、ひとりでどこか簡単な沢に入るか(敗退用)、もしくは、アイスキャディーで遊ぶ(TR用)か応用できる最低限のものだ。

失敗したのは、茅野駅発美濃戸口行き6:40分のバスがこの日運行していなかったこと。時刻表をしっかり見ればわかることなのに、朝早く起きてバス停で気づいた。ふたたび宿に帰って8:40のバスまでフテ寝。

8:40分のバスに乗り込むと、乗客は私のほかに男性1人だった。美濃戸口バス停で行き先をジョウゴ沢と書いた登山計画書を提出して、10:30に出発。今回はなるべく汗をかかないように気をつけながら歩く。12:30に赤岳鉱泉着。ハーネス、アイゼンを装着し、軽くレーションなど食べる。天候は晴れ、調子も良いのでジョウゴ沢へ行くことにして、12:50鉱泉発。

出合に12:56着。そのまま沢を進む。どうやら貸し切りのようで、人の姿がない(乙女の滝にも取り付いている人がいなかった)。
F1は階段状の氷を登り、F2へ。実は今回の核心はF2だと前夜から何度もシュミレーションしたのだ。私は超ド級の恐がりなので、見て登れそうじゃなければあっさり高巻くつもりで観察する。15mほどの滝だが、落ちたらあまりうれしくない。でもまあ、しっかりと氷結した真ん中あたりなら、行けそうに見えた。途中でハマったら、スクリューを打って懸垂してしまうつもりで取りつく。一歩一歩がいつになく真剣になる。アイゼンの蹴り込みも、ああ、かかとを下げるってこういうことね、と妙に納得しながら登る。途中左に寄りすぎてハマり、戻ってから上部へ抜けることができた。登りきったときには、後ろを振り返って「やったー」と声を出した。簡単とはいえ、けっこう、うれしかったのだ。
そのまま沢をつめ、右岸から入り込む硫黄岳の稜線へと抜ける支沢を見上げる。トレースが全くなかった。今回のもう一つの懸案は、沢へ入ることによる雪崩のリスク。どうだろうと自分に問いかけながら上部を観察するが、ところどころ出た岩が良いシェルターになりそうだということにして、進むことに決めた。要は行きたい気持ちに素直に従うことにしただけだ。
沢は膝から場合によっては腰までもぐるラッセル。4つ小さな氷の滝を越える。ラッセルし、滝を越え、ラッセルし、雪面を上へ進む。途中の滝では、ボルダーチックなムーブが必要だった。落ちても最悪の事態にはならない場所だったので、右へ行ってみたり左へ行ってみたりしながら乗り越した。今回わかったのは、人と一緒のときよりも登れそうもない個所で焦る気持ちがじわりと出てくることだ。岩登りがうまくなることと同時に、あまり焦らずに方法を解決しようという自己コントロールのようなものも必要だな、と思った。

横岳を望む美しい雪の斜面に出て、さらに上部を見ると、樹林帯の尾根が硫黄岳への稜線へと続いていた。13:40頃からパラパラと雪が降り始め、風も強くなってきた。予報よりも早く天候は下り坂になり始めているようだった。しかしここからのトレースのない樹林帯は、さらに激しいラッセルとなった。うまくルートをとらないと、胸までもぐる個所も出てくるほどであった。歩いても歩いても、なかなか稜線が近づいてこない。うまく歩いていたと思ったら、落とし穴のようにドサリと胸までもぐる。阿弥陀岳を覆うように近づく黒い雲を背に、赤岳や横岳や硫黄岳にぐるりと囲まれて、たったひとりラッセルしていた。快晴であればウキウキしそうだが、天気が下り始めているのでちょっと淋しかった。
美濃戸口16:40分の最終バスは諦めねばならないな、と思いながら進む。タクシーに5千円の出費は痛い。そのうちに、積雪も少なくなり、岩のごろごろした最後の斜面になった。15:00ちょうどに、硫黄岳直下の稜線に出た。稜線の風は強く、体温が奪われないうちに羽毛服を着こみ、テルモスに詰めてきた甘いカフェオレを飲んで一息ついた。強い風に打たれながら硫黄岳を見上げて「今日は硫黄岳割愛だわ」と独り言を言って、早々に下山を開始した。鉱泉への分岐で、単独行の男性とすれ違う。

主稜線からはずれると、風は弱くなった。走れば、もしかするとバスに間に合うかもしれない、という淡い期待を胸に抱いて、速足で歩く。鉱泉の前を通り過ぎ、歩く。ハーネスもアイゼンもそのままで歩いたので、走らずに早歩きにしていたが、美濃戸の手前でバスを目指しても無理だとわかった。そこからは、もう、ゆっくりのペースで下ることにし、17:20美濃戸バス停着。

タクシーで茅野まで行く人を探すと、日帰りで硫黄岳から阿弥陀岳を縦走し御小屋尾根を下ってきたという単独の男性が同乗しても良いと声をかけてくれ助かった。2人で割れば2,500円だ。それにしても、日帰りで硫黄から阿弥陀とは気合いがはいっている。聞けば、前夜は茅野駅でステーションビバークし、5:30にタクシーで入山したのだとか。すばらしい。

茅野駅から下り線で上諏訪へ移動し、高速バスで帰京。登り初めは、なかなか満足だった。

3 January 2011

謹賀新年


年末にばたばたと大掃除をし、年が明けてから年賀状を書いた。
毎年年初には「今年こそ余裕をもって大掃除をして年賀状を書こう」と思うが、毎度同じパターンを繰り返している。

家は決して広くはないが、掃除となるとそれなりに手間がかかる。
全てを完璧にやることは到底できないので、その年にテーマを決めてとりかかることにした。

今年は前々からの懸案であった登山道具を入れている納戸の整理をすることに決める。これは、今年のテーマでもあるような気がしたからだ。

去年キッチンまわりを整理したら、ずいぶんと使い勝手が良くなった。整理することで、要らないものを見極め、効率化することができるようだ。山道具を整理したら、45Lのごみ袋5つ分くらいのゴミが出た。まだまだ、捨てられるものがありそうだったが、キリのよいところでやめた。

無駄にモノが多いのは、迷っていたり目的が明確でなかったりすることの表れでもあるように思える。
まるで、私の登山そのもののようではないか。

はたして、今年はすっきりと目標に向かって登山を行っていくことができるだろうか。